短編

□天狗がこわい審神者の話
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ぼく が けんげん したとき、あるじさまの おめめ が、こぼれそうなくらい おおきくひらかれました。
だんだんと きょうふ の おかお になって、
「来ないで!」
そういって、ぼくをつきとばしました。
それから、あるじさまはいちども ぼくをみてくれません。
あれからたくさんなかまがふえて、ほんまる は にぎやかになりました。
ほかのみんなは、あるじさまととてもなかよしです。ぼくは おへやから でてはいけない と いわれています。
みんな あそびにきてくれるので、さびしくはないです。
ほんとうは、もっととんだりはねたり、したいけど、それをいうと、みんなかなしいかおをするので、こころのなかで いうのです。

さいきん、いわとおし がきてくれました。
たくさんあそんでくれます。
いつか、いわとおし といっしょに しゅつじん してみたいなあ。
でも、ぼくの れんど は いち のままです。
いちども しゅつじん したことがないから。
いわとおし は ぐんぐん れんど があがっていきます。
うらやましいなあ。
あつかしやま にも、いけるようになったそうです。
よしつねこう や べんけい がいるから、たいへんだけど、やりがい があると いわとおし がいっていました。
いいなあ、いいなあ。
ぼくも、あるじさまの ふところがたな として、しゅつじん してみたいなあ。

ぼくは きょうも、みんながはしりまわる おにわ を、ぼんやりとながめています。







私の故郷は、全国にももう数える程しかなくなった、静かな山間の小さな集落だった。
昔話の伝承を今に伝えるまち、とか言われていて、夏になると毎年、冴えない若者数名を連れた、これまた冴えないオジサンが、研究と称して泊まり込んではいろいろと話を聞きたがった。
私は、彼らが嫌いだった。

私が幼い頃、仲の良い友達がいた。
この小さな集落では同じ年頃の子供は少なくて、私は毎日その子と山へ遊びに行っていた。
ある日、私達はかくれんぼをした。
二人しかいないから、お互いにに隠れて、お互いに探す。そんなくだらない遊びだった。
私達は二人とも山をよく知っていたから、お互いにお互いをすぐに見つけて、何度も何度も繰り返した。
もうすぐ日が暮れるからと、その日最後のかくれんぼを始めた時。すっ、と、何かを失くしたような気がした。
探しても探しても、友達は見つからなかった。
急いでお家へ帰って、離れた町にいる警察も呼んで、一月くらい経った頃。警察は、捜索を諦めてしまった。いや、警察はよく粘ってくれたと思う。まちの人も、私の両親も、友達の両親ですら、その二週間前くらいには、もう、諦めてしまっていた。
その子は、公には行方不明、集落では、天狗隠しとして、記憶の片隅にいるだけの存在になってしまった。

どこから聞きつけたのか。
毎年毎年、そのダイガクキョウジュとやらは、私の家に来た。
どんな状況で、どんな感情で。そんなことを、根掘り葉掘り聞いてくる。
私はいつも、「覚えてません、思い出したくありません。」と、言い続けなければいけなかった。
中学を卒業しようかという時、政府から封筒が届いた。
ようやく、ダイガクキョウジュから逃げられると思った。
あの子を失くした記憶からも、逃げられると思った。

私は、審神者になった。








「主は、今剣が嫌いか?」
傍らに立つ刀剣を見上げる。首が痛い。
しゃがめと言っても、がははと笑うだけだった。
「……私は、天狗が嫌いです。」
「ほう?」
「友達を、連れて行かれたんですよ。」
それからも、嫌なことばかりあった。
逃げてきたつもりが、ここでも天狗に遭った。胸のしこりが消えてくれない。
「主よ。今剣は、天狗ではない。」
「天狗にしか、見えませんよ。」
一度しか、正面から見たことはないけれど。
遠目に見る姿は正しく天狗。
うっかり視界に入れてしまい、すくみ上がったのも一度や二度ではなかった。
「……義経公を知っているか?」
「知っていますよ。源頼朝の弟で、源平合戦で大活躍したとか。確か貴方の持ち主の主、ですよね。」
正直、歴史には詳しくない。刀たちを束ねる主としてどうかとは思うのだが、今のところ苦情は出ていないから、まあ、いいんだろう。
「そうとも!そして、今剣の前の持ち主だ。」
それは、知らなかった。
そう言えば、自己紹介も遮ってしまったから、あれについては何も知らない。
そう思い至って、胸の辺りがざわついた。
「義経公は幼い時分に寺に預けられてな。そこで天狗に武芸や兵法を習ったそうだ。」
「天狗に……ですか。」
天狗の伝承は、嫌でも聞かされてきた。
攫った子供に、手厚く教育を施して、暫くしたら親元に送り返すのだそうだ。
じゃあ何故あの子は帰ってこないんだ、とは、ついぞ言えなかった。
「義経公の戦い振りは正に天狗のそれであった!身軽に飛び、跳ね、気が付くと背を取られていた。あれには弁慶も驚いていたな。」
語る岩融は、妙に楽しそうだった。
あれの持ち主が義経で、義経は天狗の弟子て、天狗のような動きをしていて。
「今剣は、義経公の戦振りを、己のすべてで表しておるのだ。」
心臓を、ぐちりと握られた様な気がした。
傍らに立ち続けた刀剣が、ふいに腰を下ろした。足を組んで、私の目をしっかりと見つめる。強い目だった。思わず、気圧されてしまうほどに。
「主よ。一戦だけで良い。俺と今剣を、共に阿津賀志山へ出陣させてくれんか。今剣はまだ弱いが、今の俺ならば一戦くらいは守り切れる。」
出陣。そうか、私は。あれを出陣させたこともなかったのか。
何故かは解らないが、この心臓の痛みが、和らぐような気がして。私は、岩融の頼みを聞くことにした。


 



「しゅつじんですか!?やったー!」
隣の部屋から響く少年の声に、心臓がギリギリ締め付けられた。
「あるじさまの ふところがたな への、だいいっぽですね!」
無邪気だと、思った。
長らく部屋に押し込められ、きっと恨まれていると思っていた。
いや、もしかしたら。
懐刀として、殺しにくるつもりなのかもしれない。

天狗は――こわい。



刀剣たちの戦いの様子は、本丸にいても把握できるようになっている。
出発の時にははしゃいでいた天狗も、戦場となれば落ち着く――ということもなく、変わらずはしゃいで遥かに大きな体躯の刀剣たちにじゃれついていた。
ふと、会話が通信に入った。
「なつかしいですね、いわとおし。」
「ああ、因縁の地だ。」
「ここからなら、よしつねこうをまもれるかもしれませんね。」
ぐっ、と体が強張った。所縁のある地に刀剣を派遣するのは、初めてではない。こういう会話を聞くのも、初めてではなかった。いつだって、彼らならきっと任務を成し遂げて帰ってきてくれると、そう信じて聞いていた。
だが、この天狗は。この刀剣は、裏切るのではないか。そう、思わざるを得なかった。
だから、岩融の諫言を遮るように、溌剌と出てきた言葉に、私は目が回るような思いがした。
「それはならぬ。」
「わかっています!いまのぼくには、あるじさまの ふところがたな になるという、ゆめがあります。そのためには、あるじさまのためにはたらくのがいちばんだと、あつしがいっていました!」
だから、義経のことは助けない。そう、言ったのか。
思えば、私は。彼の見た目に怯えて、一度として話を聞かなかった。知ろうとしなかった。
彼はただ、元の持ち主の生き様を表した姿をしていただけなのに、憎い天狗と重ねてしまった。
いや、違う。本当に憎かったのは。
「私は、あの子を……捨てたんだ。」
見つけられなかった?周りが諦めたからどうしようもなかった?
そうじゃない。私は、あの子を見捨てたのだ。誰よりも早く、諦めた。手放してしまった。大切な友達だと、言っていたのに。


自分が、憎かった。
そんな感情から逃げたくて、天狗を憎んだ。
自分の醜さを暴こうとする、ダイガクキョウジュを憎んだ。

憎しみを転嫁する度に、どんどん醜くなる自分がもっともっと憎らしくなって、天狗の姿を模しているだけの、今剣を憎んだ。



戦は、開戦と共に切り込んだ岩融や蛍丸、次郎太刀などのお陰で、どの刀剣もかすり傷一つ負わずに終わった。すぐさま部隊を呼び戻す。
門の前で待つのが、こんなに苦しいのは初めてだった。苦しい、苦しい。
でも、胸に纏わりついていたモヤモヤは、どこかへ消えてしまっていた。

「主よ!戻っだぞ。」
明るくよく通る岩融の声がして、門から次々と刀剣が現れた。今剣は、殿の岩融の肩に担がれていた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした。」
いつもより、声が震える。
「岩融。今剣を、降ろしてください。」
心得た!という豪快な返事とは裏腹に、岩融は優しく、そっと今剣を降ろす。
「今剣……」
「はい、あるじさま。」
少し、怯えているだろうか。岩融に張り付きながらこっちを伺う今剣は、天狗というよりも、臆病な子犬のようだった。
「こちらへ、おいで。」
今剣は岩融を見上げ、頷き合うと、恐る恐る、といった様子でこちらへ歩み寄って来た。
大きな目は不安と期待に揺れて、手足は今にも折れそうな程細い。
天狗のように見える衣装も、ゆるゆるふわふわとして、見様によっては天使のようだ。白いし。
私は、こんなに小さな子供に、見当違いの憎しみをぶつけてしまっていたのか。
「お疲れ様でした。今度は、もっと、きちんと働ける時代に。今剣を強くしてくれる所に、出陣しましょうね。」
震える手で頭を撫でる。今剣は、大きな目をもっと大きく開いて。そして、ぼろぼろと雫を零した。
「ぼくは、また、つかってもらえますか……?」
使われない刀とは、どんな気持ちだっただろうか。ただ部屋に押し込められた刀は。主に要らぬと言われた刀は。
「ごめんなさい、ごめんなさい今剣。
これからは、もっとちゃんと。ちゃんと、あなたの主になれるように、頑張るから。だから、また、使われてくれますか……?」
いつの間にか、目の前がぼやけていた。きっと、今剣とお揃いだ。
「はい、はい、あるじさま。ぼく、もっとがんばります。がんばるから、また、つかってください!」
おそろいの私達は、ぎゅうぎゅう抱きしめ合って、お互いの服をお互いの涙で濡らした。

刀剣たちの笑い声が、私と今剣を包む。
この笑顔と声が、いつまでも耳に残って、消えなければいいのに。


本丸に、天狗はもういない。

*******
某イラスト投稿サイトに上げたものと同じものです。

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