短編

□ねえ神様
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念願叶って、想い人とお付き合いできることになった。

頭脳明晰で優しく、とても気が利いて穏やか。
そんな彼とは、ここに至るまで、それはそれはいろいろあったのだ。
困難とか、壁とか。

とは言え私も彼も公私の別はしっかりつける方だから、周りには恐らくバレていないと思う。そのはずだ。
誰も巻き込まなかったし、誰にも相談しなかった。
気不味い時期もあったけれど、表向きには以前と変わりなく見えるように振る舞ったし、彼もそうだった。
だから、このお付き合いは秘密だ。
というか、そもそも。
この関係が公になると様々な問題が発生する。
それも、私が捕まる方向で。

それは、拙い。
街を守るヒーロー――ボーダー隊員が犯罪を犯して捕まるなんて、ボーダー全体の信用を落としかねない。
常日頃頑張ってくれている嵐山隊や根付さん、唐沢さんに申し訳ない。そんな事態だけは絶対に避けなければならない。

と、思って慎重に、それはそれは細心の注意を払って組んだ初デート。
待ち合わせ場所に到着した私を待っていたのは、絶対零度の目線たちと、彼の苦笑いだった。
「犯罪だろう。」
「犯罪ですよね。」
口々に好き勝手言ってくれている彼の上司と同僚を見て、私の気分はどん底だ。

「俺がどうしてもって言ったんですよ。先輩は悪くありません。」
ああ、なんて優しいんだろう。涙が出そうだ。
ごめんね、頼りない彼女でごめんね。だが私も全く悪くないわけじゃないので心が苦しい。

「手は……出してないもん……。」
ぐぐぐと唸りながら出た声は、情けないくらい小さくて細かった。
「そういう問題じゃない。」
バッサリ切る彼の上司であり私の同級生に、ついつい恨みがましい目を向けてしまう。
「だいたいなんで風間たちがここにいるわけ……?」
彼のことは疑っていない。彼――歌川くんは、とてもしっかりしているし、誠実な人だ。
「すみません、その……」
歌川くんが珍しく言い淀み、ちらりと同僚、菊地原の方を見た。
「歌川ったら昨日からそわそわそわそわしちゃって気持ち悪いったらないから。」
あーやだやだ、とわざと寒がるように腕を擦る菊地原を、殴りたいと思ったのは仕方がないと思う。
「……心音でばれちゃった訳ですね。」
赤い顔で項垂れる歌川くん。
大丈夫、歌川くんは悪くない。
だいたい心音が乱れていたからって、気持ち悪いとか言うなら放っておけばいいのだ。わざわざ聞き出すなんて、いつもながら意地の悪いことだ。
それに風間も来ている辺り、敢えて風間の前で聞き出したんだろう。
それにしても、いつもは年齢に見合わぬ落ち着きの歌川くんが昨日から心音が乱れていたなんて、ちょっと、いやとても、嬉しい。照れる。
二人して顔を朱に染めて俯く私達に、菊地原がゲーゲー吐く真似をしているのが視界に入る。
相変わらず失礼極まりないな、この子は。

暫くの沈黙の後、唐突に風間が口を開いた。
「……この際だ、挨拶して行け。」

なに言ってんだこいつ。

飾らない私の本心である。
この際ってなに、どの際?
挨拶って、誰に、誰が?
聡明で冷静沈着な風間だが、圧倒的に言葉が足りない事がしばしばあるのが (身長を除く) 唯一の欠点だと思う。
そして困惑する私と歌川くんを、風間(と菊地原)はある場所へ連れて行った。







「犯罪じゃないのか。」
「犯罪すね。」
「あんた年下趣味だったの!?」
「おお、うってぃーくんおめでとーう!」
「ぶっくくく、おめ、おめでとっくく」
近くには川の流れる音が響く、玉狛支部だ。
「烏丸のせいでお姉さんの心は大ダメージを受けたんだけど、迅ちょっとこっちおいでよ。」
彼と同い年の烏丸から犯罪と言い切られると、なかなか刺さるものがある。菊地原は別だ、あの子はいつでも口が悪いから何言われてもそこまで堪えない。
とりあえず、爆笑している迅にボディブロー一発決めたい。さてはこいつ"視えて"いたな。
木崎は一応疑問形なだけ良心を感じるし、小南はまあ予想通り、宇佐美は天使だ。
迅に向って腕を振り回す私を歌川くんが抑えて、私たちはそのまま玉狛支部を跡にする。
ふと、歌川くんに抱きしめられているような格好になっていることに気付き、慌てて大人しくなる。
年下でもやはり男性だ、力は強いし大きいし、何より密着しているから彼の香りがする。心臓がフルスロットルだ。

ちなみに、それを見た迅が笑い過ぎて倒れ込んでいた。今度締める。







「……オイ、歌川、本当にこいつでいいのかっぶ」
私と彼の関係を聞いた途端ポトリと咥えていた煙草を落とし、心底信じられないような顔で彼に迫る金髪を、今度こそ殴ってやった。
「いってーなぁ!そりゃあおめーは先もねーからいいだろうが、こいつにはまだ未来があるんだぞ!?その芽を摘むような……」
「オイ諏訪ァ!ブースに入れ今すぐに!!」
「お、落ち着いてください……!」
とんでもないデリカシーの無さだ、この男。フーフー唸る私を抑えたのは、またしても歌川くんだ。
私だって、そこは大いに悩んだのだ。そもそもこの年頃の男の子は年上に憧れるものだ。そういう一時の憧れなんじゃないかとか、いろいろ。
「……一応、もっといい人がいたらすぐに振ってくれていいっていう約束は、してるよ。」
私の零した言葉に、諏訪と風間が目を見開く。
あーあー、こんなこと話すつもりじゃあなかった。何故私はこんなところまで話しているのか。墓場まで持って行きたい話だというのに。
少なくとも、二人だけで終わらせたい話ではあった。
「本当か、歌川。」
私がもう暴れない事を確かめて、歌川くんは腕を解く。少し寂しい、なんて思ったのは、今度、二人だけの時に言おう。
「はい。そう言われています。」
探るような風間の目にもたじろがない彼の瞳は、真っ直ぐ光っていた。
「それは、なんつーか……お前はそれでいいのか?」
どの口がそれを言うか。と思ったが、そんな矛盾だらけの諏訪にも、歌川くんは真摯に答える。
「ええ。信頼してくれてるのは、わかっていますから。」
ね?とこちらを見る歌川くんの表情が、愛おしいものを見るような、そんな暖かさを持っていて。
私は今にも心臓の動きすぎで死にそうだ。
「心変わりなんて、有り得ない。そう信じているからこそ、そういう"もしも"話ができるんですよ。」
俺も、この人も。さり気なく肩を抱く歌川くんに、ついに私の頭は沸騰した。
かっこよくて、優しくて、誰よりも私を理解しようとしてくれる。

こんな素敵な人が私の彼氏で、良いのでしょうか。






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歌川くんのイケ彼氏っぷりを表現したかった。

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