短編(過去作)

□アッセディアンテの杞憂
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「ストーカーだったとはな……極限に失望したぞ!!」


はっとして目覚めると、そこはいつも通りの自分の部屋だった。脳内にはまだ先程の声が響いている。

「なんだ、夢かぁ。良かった……」
あまりの恐ろしさに心臓がバクバクと音をたてている。嫌な夢を見た。
ふと時計に目を遣れば、朝の4:30を指していた。
「正夢にならないと良いけど。とにかく、もう時間ね。」
私は余韻に浸るのを止め、ランニングウェアに着替えた。

あの人の日課に着いて行くようになってから、もうすぐ3年になる。
おかげさまで健康的なダイエットにも成功したし、体力もついた。一石二鳥ならぬ、一石三鳥といったところだ。


毎朝4:45に町内ランニングに出かける。河川敷まで行き、そこで筋トレを行い走って帰宅。筋トレを兼ねて空気イスで朝食をとり、重石を付けて走って登校。朝練をみっちり30分間やって朝学活に1分遅刻で参加する。

これがあの人の毎朝のスケジュールだ。
もちろん全てについて行く事は不可能だけど、可能な限りは私はあの人について行動している。だからあの人の好きな事も嫌いな事も友達も仲間も、みんなみんな知っている。
幼なじみにはストーカーと言われたが、断固違う。ただ、ずっとあの人を見ていたくて、少しの時間も惜しいだけで。

入学当初からそんな感じだから、中学に入ってからの友達は1人もいない。どうやら孤独を愛する人種だと思われているらしい。
自分から話しかけて来るのは、ストーカー呼ばわりしてくる、癪に触る幼なじみくらいのものだ。

そんなことを考えながら走っていたからか、私は普段なら絶対にしないミスを犯してしまった。
「あっ!痛ぁっ……」
いつも気をつけて跨いでいた、周りより一段高くなっているコンクリートブロック。私はそれに見事に引っかかり、転けてしまった。
日差しで温められたアスファルトは熱くて、転けた時に擦りむいた足首の傷はとくとくと脈打っている。果てしなく続いて見えるアスファルトをただぼんやりと眺めていると、どうしようもない孤独感が押し寄せて来た。

その時、私の影に一回り大きな影が被さった。
「大丈夫か?」
目線を上げると、昇ったばかりの太陽を背負ってあの人がこちらを心配そうに見ていた。短く刈り上げられた銀髪が、日光できらきらと輝いている。

「え……」
「突然足音が止まって倒れる音がしたから、極限驚いたぞ!立てるか?」
そう言って、彼はその大きな手をこちらへ差し出した。手を握ると、ぐっと力強く引き上げられた。

「あり、がとう……」
「おう、極限気にするな!これもトレーニングだ!」

やはり、彼は太陽だ。
明るくて温かくて……そして周りを笑顔にする。
傷の痛みなんて、どこかへ行ってしまった。

「トレーニングは自分との戦いとは言え、やはりライバルがいないとつまらんからな!」
彼は豪快な笑顔で私の肩をバシンと叩いて言った。
「……え?ライバル?」
「あぁ!いつも後ろを走っているだろう?」
「あ、えと、そうですけど……」
気づいていたらしい。だが、彼らしい爽やかな勘違いをしているようだ。

「なぁ、ボクシング部に入らないか?」

「……はい?」
「おぉそうか、入ってくれるか!」
「え?いや、今のはそうじゃなくて……あの、マネージャーなら喜んで!」
「ん?トレーナー希望か?まぁ良い、とにかくよくぞボクシング部に入部してくれた!」
完全に彼のペースで話は進み、あれよと言う間に私は夢のボクシング部マネージャーになった。

あれほど入部したくて、でも勇気がなくてできなかった夢がこうもあっさりと叶うなんて、転ぶのも案外悪くないものだと思った。






「……了平くん。」
「どうした?トレーナー。」
「嫌いだからって椎茸残さないで下さい。椎茸は栄養たっぷりなんですから。」
「ぐっ……仕方ない!極限によく知っているなぁ、トレーナーは。」
あれ以来私は自分でも信じられないぐらい彼と親しくなり、今では休み時間はいつも一緒にいるほどだ。
彼専属トレーナーとして、今まで蓄えてきた知識をフル活用している。
「知ってるよ、好きだからね。」
「そうかトレーナーは椎茸が好きなのか!では俺も食べなければならんな!」

彼の中ではただの"トレーナー"でしかないけれど、ずっと、いつまでも傍にいようと思うのだ。


空は今日も快晴だ。





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企画提出作品。アッセディアンテ︰ストーカー、迷惑な人

少し書き直したところ、両片想いフラグが立ちましたね、めでたしめでたし。
嫌いな食べ物の情報がなかったため、捏造です。

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