短編

□リーゼントは縦に揺れる
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これは大変なものを見てしまった。と
思った。
梅雨明けはまだだというのに、太陽が肌を刺すうだるような暑さの中、私は家路を辿っていた。いつもの道から伸びる細い路地。その奥から、にゃあにゃあと声がした。
ひょいと覗くと、男性が体を丸めて猫に囲まれていた。にゃあ、にゃあと甘い声を出す猫たち。とても可愛らしい。可愛らしいが、それより何より目を引いたものがある。リーゼントだ。猫に囲まれている男性は、立派なリーゼントヘアだった。立派なのはポンパドールで、リーゼントは後ろ頭の撫で付けた部分で、なんて、そんな豆知識はどうでも良い。リーゼントだ。まあ、つまり、あれだ。ヤンキーだ。たぶん。
つい、目が釘付けになってしまった。
不良が捨て猫に傘をあげる、というギャップ萌えの典型例があるが、それをまさか実際に目撃できるとは。雨は降っていないし傘をあげているわけでもないが、だいたい似たようなものだろう。
覗き見る為に寄りかかった電柱がひんやりして気持ちいいのもあって、随分長いこと眺めていたんじゃないだろうか。にゃあと、足元から声がした。
きらきらの瞳にふわふわの毛並み。ひゅうと息が詰まった。
猫は好きだ。飼ったこともないしびびりなので触ったことはないが、ネットで猫画像を眺めてはにやにやしている。
その、憧れのアイドルのような距離感だったお猫様が、自ら近付いてきた。
「ほぁぁぁ………わぁぁ……」
感動でため息が溢れる。触ってみたいが、やはりちょっとこわい。恐る恐るしゃがんで、にゃあと泣く猫ににゃあと返して、じっと見つめ合った。
私は、先程まで自分が何を見ていたかをすっかり忘れてしまっていた。
「さわんねーの?」
呆れたような、ちょっと笑いを含んだ掠れた声に、大袈裟なほど肩が上がる。それに驚いたのか、足元のお猫様はとててと男性の方へ駆けていってしまった。
「あ、の、」
顔を上げると、男性が此方へ歩いて来ていた。それに伴い、猫たちもくっついてくる。相当懐かれているらしい。私はただ呆然とそれを見ているしかなかった。猫かわいい。
私の目の前まで来ると、男性は視線を合わせるようにまたしゃがんだ。
猫たちが我先にと男性の手に擦り寄る。この人、マタタビでも握っているんじゃないだろうか。
「おねーさんずっと見てたろ。」
猫たちを転がしながらさらりと言われた言葉に、またも肩がびくりと揺れる。気付かれていた。口調に棘はなかったが、そもそもこんな危なげな人に接近を許してしまった時点で私の危機ゲージは振り切れている。
「すみません……。」
逃げたい。今すぐ逃げたい、なにこれこわい。ビビりまくる私の予想に反して、彼はのんびりと笑った。
「まあ、おれはこんなナリだからな。」
ちらりと盗み見た顔は、とても優しそうだった。
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