短編

□薬研がこわい審神者の話
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 歴史修正主義者との戦いが、終わった。

 政府から送られてきた文書で、審神者はようやく息をついた。
先日、全本丸に一斉指令が下された。
攻撃目標はただ一つ、歴史修正主義者の本拠地。
ゴキブリ退治の如く終わりの見えない戦を審神者たちがしている間、政府は秘密裏に本拠地を探していたらしい。
 今まで以上に、激しい戦であった。政府側が抱えるすべての刀剣男士が参戦しても、歴史修正主義者たちの抱える鬼の数には遠く及ばず。ただ各々の錬度、連携、それらでなんとか補いつつの苦しい戦は、それでも半日程で終結した。
 この本丸に集まった全ての刀剣男士、41口も先の大戦に参戦し、奮戦しーー帰ってきたのは、たった1口だった。
 審神者は、戦の場には立てなかった。勿論ついて行ったところで足を引っ張るお荷物でしかないことは解っていたから、ついて行こうなどと考えはしなかった。
だが、審神者となってからの決して短くない年月を共に過ごした刀剣たちの最期を見届けられなかったこと、骸すらもこの手に抱けなかったことが、審神者には少なからず堪えていた。

 この本丸の審神者は、審神者になる前は普通の女学生をやっていた。
紆余曲折あって審神者になった後も、彼女は変わらず年頃の娘であって、様々な失敗もする未熟な審神者で、頼りない主であった。
それでも刀剣男士を母のように、姉のように見守りながら、時には妹や娘のように世話を焼かれ、血生臭くもあたたかく、慎ましやかで喧しい、そんな毎日を送っていた。
 我が子を見るように愛情深く刀剣たちを束ねていた審神者だが、1口だけ、どうしても扱いに困る刀剣男士がいた。
 薬研藤四郎――巷では兄貴と呼ばれ、その儚げな見目に似合わぬ男らしい言動で数多くの審神者を虜にするという、短刀である。
 審神者にとっては、初めての鍛刀で手に入れた、初期刀と同じくらいに付き合いの長い刀剣男士であった。
にも関わらず、審神者は彼が苦手だった。
 何が彼女にそう思わせるのか、それは今になっても判らないが、審神者は初めて顕現させた時から、薬研への恐れを感じていた。
勿論、それを表に出すことはなかったが、薬研の方も思うところがあったのか、常に一線を引き、それ以上に歩み寄ることはなかった。

 先の大戦に出陣するとき、この本丸の刀剣男士で最も錬度が高かったのが、薬研藤四郎だった。
当然彼を部隊長として、全刀剣男士を出陣させた。
 終戦の法螺貝と共に門から入ってきたのは、薬研ただ一人だった。
 審神者は、なにも聞かなかった。常の薬研は面倒見がよく、弱みを見せない男だ。それが、見てすぐ分かる程の疲労を顔に浮かべ、錬度が上がってからはとんとなかった、大きな傷を負っている。
共に出陣させた刀剣男士の中には、薬研の兄弟たちも多くいた。
全てを負い、全てを抱えて帰ったこの男に、ただこの本丸で待っていただけの審神者が、何を言えるはずもなかった。

 政府からの通知によると、この長きに渡る戦に尽力した刀剣男士たちを、今後、審神者の中から選出された者らが身を奉じて祀るらしい。選ばれなかった審神者は、政府による援助を受け、順次元の生活に戻されるとのことだ。
 刀剣男士の殆どを失い、唯一残った刀剣男士からは距離を置かれている審神者が奉仕者に選ばれることはまずないだろう。
後は、順番を待つのみだ。審神者は、ほうと息を吐き出した。
 これでもうら若き乙女だ。身を奉じて祀る、なんてのはご勘弁願いたいところである。
我が子のような刀剣男士たちを喪った悲しみは深いが、それとこれとは別の話だ。
 ふと視線を感じて顔を上げると、薬研が実に形容し難い表情を浮かべて此方を伺っていた。驚き、悲しみ、不安、そして喜び、そういった様々な感情を一度に表そうとした結果失敗したような、とでも言えばいいのだろうか。
薬研が手にしているのは、政府からの封書に同封してあった、刀剣男士宛の文である。何かおかしな記述があったのだろうか。 先程読んだ文には、 内容は審神者宛とそう変わらない、奉仕者の選出について書かれていると書いてあったのだが。
尋ねるつもりで審神者が首を傾げると、薬研は緩く首を振ってそのまま退室してしまう。言いたくないのならばもう気にするまいと、審神者はそれ以上の追及を止めた。
 而してそれは、数日後に明らかになるのである。

 本丸の玄関に立つ政府のお役人。何故か並び立つ薬研。
二人(一人と一口)は、審神者に向かって穏やかな笑顔を向けている。
それはいっそ恐ろしいほどに柔らかく、美しい微笑み。
審神者は、思わず頭を抱えてうなり声をあげた。
「大将の祝詞、楽しみしてるぜ。」
肩へ優しく触れた薬研の手に、そう言えば彼から触れられたのはこれが初めてかもしれない、などと思考を逃がしてみるも、目の前の現実はどうやら変わってくれないらしい。
「薬研藤四郎は本体ーー御神体ですね。そちらが消失していますので、新しくお造りした社にて、付喪神御本神へご奉仕していただく形となります。見目形は刀剣男士と変わりませんので、ご安心くださいね。」 淀みなく紡がれる言葉に、口を挟む隙はなかった。
なんとか選出基準について訊ねれば、「刀剣男士による希望制です。」との簡潔な答え。
薬研は得意気に、久しぶりのーー先の戦の後では初めてとなるーー笑顔を浮かべて、頷いて見せた。
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