短編

□薬研がこわい審神者の話
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 整然と並んでいた箱型の建物たちは見る影もなく、ひび割れ崩壊しつつあった。
辺りを見回しても、傷のないものなど一つとしていない。
片腕の者が片足の者に肩を貸し、腹を斬られた者をおぶる者は頭から血を流している。
 本丸で待つ主にはとても見せられない光景だなと、薬研は自嘲するような笑みを浮かべた。当の薬研も、肩を抉られた一期一振を抱え、ふらつく己の足を気概のみで支えている。
 被害は甚大ではあるものの、一応こちらの勝利らしい。己逹の他に動くものがないことからも、それは見て取れた。

 予め各本丸に振られている番号の順に帰還するそうだ。薬研の本丸の近侍であり、今回の戦で対外調整役を担った厚藤四郎からの伝達を受け、薬研たちは纏まって待機をしていた。
 この本丸の主は年若いが、それなりに長く務めていた。番号も若くはないが、なにせ多数の本丸が一同に会していた。
まだまだ時間は掛りそうである。重傷者の手入れもできず、ただ待つ時間は苦しいものであった。
 道中各々が回収してきた折れた刀剣――仲間であったものたちを集め、それを囲む薬研たちの表情は、一様に暗いものであった。
勝利は、必ずしも喜びを与えてはくれるものではないと、この時初めて知った。
肩に預けた一期一振が身じろぐ。何か言いたげに口を動かす兄を、薬研は抱えなおして楽な体勢にしてやった。
「薬研……私を、壊しなさい。」
乱れる呼吸の中やっと零したその言葉に、薬研は我が耳疑った。
「な、何言ってんだ、いち兄……?」
すると、薬研の視界の隅で、岩融が立ち上がる。
「はっはっは、先陣を切られたな!俺も壊してもらおう、薬研よ。」
笑う薙刀は、腕に小さな相棒を抱えていた。呼吸が浅く、おそらく意識はもうないだろう。
「っな、岩融まで何を……!」
「お主が一番解っているのではないか?……主の霊力は、尽きかけている。」
薬研の喉が、ひゅうと鳴る。
「俺ら全員を手入れするのは、主にはもう無理だ。全員が全員、この傷だからなあ。」
真白の着物を真紅に染めた鶴が、仲間を見回して笑った。
「主は怖がりだからねえ。こんな血塗れのアタシらを手入れせずに置いておくなんてできっこないさ。なら、最初からこんな姿見せない方がいいに決まってる。」
おどけて笑う次郎太刀の目は、ひどく優しかった。
 わかっていたことだ。もう随分前から、その兆候はあった。最近では普段の戦闘で傷を負うこと自体少なかったから、もしかしたら審神者本人は気付いていないかもしれない。
だが、薬研たち刀剣男士にとって審神者の霊力の枯渇は文字通り死活問題、当然皆がそれを知っていた。
「……わかった。それじゃあ、本丸に帰るのは厚だけにしよう。一番傷が浅い。」
誰も帰らないのでは報告もできないし、審神者の精神的な負担が大き過ぎる。誰か帰還するなら、伝令役でもあった厚が適任だ。薬研の判断は至極まともであったが、当の厚が、異を唱えた。
「薬研、お前が大将んとこに戻ってくれよ。お前には大将が、必要だろ?」
思わず見開いた薬研の目に映ったのは、一様に頷き、笑顔を浮かべる仲間の姿だった。
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