小説
□この気持ちはカゲロウ
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「まただ…」
朝の苛つきにげんなりして自室へと帰り、
いつもの窓越しに腰掛けようとしたら
小萩屋の庭先で巴と若い志士がなにやら話し込んでいた。
きっとまた告白されているのだろう。
上から眺めているだけでもその若い志士の浮かれている顔がよく見てとれる。
−−−−−巴さんが来てからこれで何人目だ?
なぜだかよくその現場を目撃してしまう俺はいい加減ウンザリしていた。
今朝、お好きにどうぞと自分の女ではない宣言をした為か早速、行動に起こしている輩がいる。
俺には関係ないけど…。
こうも度々、志士たちの恋愛事情なるものをまざまざと見せられると…
平和呆けしてる場合かと苛々してくる。
しかも原因は俺が連れて帰ってきたあの女性によるものだから尚更…。
若い志士は…(それでも俺よりは年上の。)
緊張した面持ちで後手に大事そうに隠し持っていた物を意を決して、彼女の前に差し出した。
「気持ちを受け取ってくれなくてもいいから…これだけでも受け取ってほしい。
俺は…いつどうなるか分からない身だから……
贈った物を君が持ってると思うだけで
…嬉しいんだ」
それは女子が喜びそうな上質な櫛だった。
上から見てる俺からは志士の顔だけが分かり彼女は後ろ姿な為、
表情は分からないが…困っているようだった。
それでもめげない若い男に何度も何度もお辞儀をして謝っている。
男は少し寂しそうな顔をしていたが、
恐縮そうに謝り倒す彼女の姿に苦笑しながら二人は別れた。
彼女が先に去ると、
若い志士は遠のいていく彼女の後ろ姿をただ見つめしばらく佇んでいた。
恋をしている顔というのはあの様な寂しい様な恋しい様な顔をするものなのか……
男でも。
浅はかな感情だな…。
俺は冷たい目で若い志士を見据えた。