小説

□優しい寝息
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最近の私は怖い夢を見てうなされることがなくなった。

ふと夜中に起きると隣で寝ている彼の体温が心地良く思う。

すぐ目の前にある彼の寝顔がとても安心する。




寒がりの私のためにいつも布団を多めに掛けてくれていて…

半分あなたがはみ出てるの。




「ほら…風邪引いてしまいますよ」




その姿を見て少し笑みが溢れながら掛け布団を直してあげる。

優しいあなた…。







ここで暮らし始めた頃、
小萩屋に居た時のように刀を抱えて眠ろうとしていた彼が
いまこうして一緒に隣で寝てくれるようになったのは私のワガママかもしれない。




「刀なんてこの村には必要ないでしょう?」



越して来たばかりの時、刀を差している彼に向けてそう言った。

案の定、村の人たちには刀を差している訳あり夫婦ものとして噂はすぐ広まっていた。



それでも落ち着かないのか夜になると刀を抱え込む。

そんな彼をどうしようかと私は手を拱いていた。




ぎこちなかった生活もひと月も経つ頃にはすっかり馴染んだ。

一日中二人きりで一緒に居るんですもの。

当然なのだけど…。




村の人たちや子供たちと遊ぶにしたって夕方には帰ってしまう。

山奥の村の日暮れは早い。

夕餉が終われば何もすることがなく朝までがとても長い。




そんな時間をずっと二人きりで過ごせば夫婦ものとして馴染むのは当然で…。




小萩屋の頃には何をしていても人の気配があった。

二人で居たとしてもどこかすぐ側に誰かしらがいた環境とは全く違っていて、

一間しかないこの家の部屋では常に私と彼しか居ない。




初めはそんな空気が気まずくもあり、恥ずかしくもあり、
お互い緊張で気疲れをするほどだったけれど
今では彼が傍にいるのがとても落ち着くようになった。







きっと身体を重ねたあの日から…。


身体を重ねた日は一緒に寝てくれる。

でもそれ以外は刀を抱え込むのは妥協して布団を二組敷いて眠るようになった。


それも慣れると私は違和感を感じ始めた。


優しい彼は私に気遣ってそうしているのだろうけど…
一緒に眠る温もりを知ってしまうともう私はダメだった。




「私…あなたが隣で一緒に寝てくれないと寂しいです……」

ある日、彼の背中にぴとっとくっついて呟いてみた。



ビクっと彼の身体が強張って、でも直ぐさま私に向き直ってくれる。


「…ほんと?」


コクっと頷くと彼がふんわり笑った。
そして私の額と自分の額をこつんと合わせた。


「…俺も巴が居ないと寂しいよ?」


二人で微笑み合って彼が優しく抱きしめてくれる。


それからは一組の布団で一緒に眠るようになった。





彼は意外とヤキモチ焼きで私に対しての独占欲が自惚れでなく強い。




「…どこへ行く?」


ある夜、大雨が続いて外で耕している畑が気になり、
少しだけ窓から様子を見ようと布団から出た瞬間、手首を掴まれた。




「畑が気になって…様子を…」

「そんなのいいよ。朝になったら一緒に見に出よう。」

「でも…ほんの少しだけ…」

「いいから。…俺のそばにいて?」

「……」


グイっと腕を引っ張られ彼の胸の中へ押し戻される。




「俺のそばから離れないで…」

「あなたは大袈裟です。ほんの少しだけですよ?」

ふふっと彼の胸板へ微笑み返す。




「それでも…巴が居ないと落ち着かない。」

少し弱気な声で答える。




「子どもみたい…」

「子どもじゃない。」

「ほら、すぐムキになるじゃないですか」

「うぅ……」



彼の髪を少し撫でる。

「さぁ…私はどこにも行きませんから…ねんねしましょう?」

「子ども扱いするなよ…」

「ふふっ…おやすみなさい」


クスクス笑い合って穏やかな眠りにつく瞬間がとても幸せに感じた。

子が母を独占するようで私はそれがひどく可愛らしくて心地良い。





掛け布団を直してあげても熟睡している彼は起きない。



私の前でだけ眠れるの?

可愛いあなた。




どうかあなたの見ている夢が幸せな夢でありますように…


私は眠っている彼の頬にそっと口づけをする。
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