小説

□狂愛
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そんな風に知ってて近づくのは得意だろ?
俺には始めからそのつもりだったんだろ?



だったらその思惑通りめちゃくちゃにしてやるからもう…ソレ以外求めないで。

俺にはもうなにが欲しいかなんてわかってないんだから。




どんなに抱き合ったってどれだけ身体を重なり合わせたって
無理やりにちぐはぐに繋げたこんな行為は余計虚しくなるだけで。


それでもこんなに
満足できないのはなぜ?






人を斬った晩はいつもこうだった。
部屋で待っていた彼女を何も言わず無理やり押し倒して掻き抱く。

こうなることが分かっているのに逃げも隠れもせず、彼女はいつも俺の帰りを待っていた。
乱暴にされることを知っていながらそれでも俺の部屋で待つ、
そんな彼女の意図は俺には全く読めない。



彼女は抵抗する’フリ’をしてみせるだけですぐ大人しくなる。
否、諦めてるんだろう。


初めの頃は抗ってたと思う。
だけどそんな素振りを見せたところで俺は彼女を黙らせる方法なんていくらでもある。




背丈は変わらなくても毎晩刀を振るっている男と女の身体じゃ、明らかで。

否、そうじゃなくても…




「知ってて近づくのは得意だろ?」
この一言だけで充分だ。




それか更に
「始めからそのつもりだろ?」



なんて言葉で彼女は崩れる。
傷つけ責め立てる言葉なんていくらでも吐ける。







月灯りだけが差し込む部屋で男と女は幾度となく獣の様に交わる。
激しく軋む音が響く。


声はさすがに不味いと思い、
彼女が啼く時には一声も漏らさずに唇と唇で塞いだ。
時には手拭いを彼女の口へ押し込んで激しく責め立てる。



彼女はその間ずっと鋭い視線で俺を見つめていたが、
そんな視線すらいまの俺には一層いきり勃つ要素にしかならない。




こんな関係に愛なんてなにもない。
強いて愛というなら、
傷の舐め愛の関係でしかない。




布団の上で夜着なんて意味もなく、申し訳程度に腰ひもの部分にぶら下がっているだけで
乳房や下の繋がっているところはグチャグチャにはだけて崩れている。



お互いの汗や体液で濡れている身体を掻き抱いて、
両足を引き裂いて俺は欲望のままに彼女を何度も貫く。



ふと布団の上に赤い染みができた。
彼女のではない。


彼女から流れた赤い血は最初の一回だけでいまは流れない。
いまはただ快楽という名の液で俺のモノを濡らして包み込んでいるだけ。




いつも俺の頬の一筋の傷から赤い血が流れ落ちる。
昨日今日ついた傷じゃない。
それでもカサブタになるどころかいまだに生々しく肉が見えている。



彼女と行為をする時だけいつも鮮血が流れ落ちる念のこもった傷…



赤い血が流れ出る度に彼女は愛おしそうに俺の頬を手で撫でる。




あぁ…あの男が見てる。
あんたにはあの男が見えてる?

俺たちのこの淫らな光景をあの男はどう見てる?
あんたの股を開いて醜い欲望を突き立ててるこの光景はどう映る?






手が全てが…赤く染まってく。
それでも気づかないフリをして彼女のその手を払いのける。





鬱陶しい。





意識を悲しみに溺れさせないで…
赤い血を流す傷の向こうに他の男の影を追わないで…



いまは俺との行為に集中してればいい。
俺が与える快楽に身を委ねていればいい。

あなたは快楽を感じる自分の身体を許せなくて俺のせいにすればいいし。
俺だって満たされない渇きをあなたのせいにする。


こんな傷の舐め合いに満足なんて出来ない。



女が復讐に身を投じるには女の身体しかない。
なぁ、そうだろう?


人斬りの俺には知ってて近づくのは容易かっただろう?
さぞあの時の俺は滑稽だっただろう?


その綺麗な顔の裏で俺をどれだけ憎んでた?
殺したいほどに憎んでた?



その簪で俺になにが出来るの?
そんなもので俺の喉を掻っ切るつもりだったの?

あの男に貰った物で俺が殺られるとでもいうの?



笑わせるなよ、反吐が出る。




俺はあなたに裏切られたつもりなんてないし。
ただ全てを知った上であなたの思惑通りに肉欲に溺れてるだけ。


隙があったら俺を殺せばいい。
復讐を果たせばいい。
お望み通りに答えてあげる。

それまで俺の好き勝手にされていて…。




狂ってる。
あなたに出会う前にとうに狂っている。
あなたの本性を知ってからその速度は増している。

いまだって歪みは治らない。
快楽と一緒に歪んだ笑みを浮かべてあなたを抱いてるかも知れない…





冷め切って冷え切ったそんな俺によく効く薬が欲しいだけ
一時の快楽が欲しいだけ

それでも
渇ききっている俺を潤すことなんてできない。





どれだけ白濁を彼女の中に放ったって砂漠のようにすぐ渇く。


その唇に注いだって咳き込む彼女の姿ですぐ形は消え失せる。


彼女の顔を白く汚したって綺麗なものは綺麗なままで…その中の澄んだ瞳の視線からは逃れられない。


束の間の乾きを潤してはまた干上がって…こんな獣じみた夜は繰り返してくんだろう。






散々抱いた部屋は青臭くて彼女の身体からも俺の臭いが染みついている。

行為が終わると彼女はなにもなかった様に俺に背を向け乱れた夜着を綺麗に整えだす。

どこかに転がっていた肌身離さず持ち歩いている許婚からもらった簪は、そっと帯締めの間に忍ばせた。




「…それがこんな時にもそんなに大事?」




気づいたら俺はその簪を奪って部屋の隅に投げていた。
再び彼女を布団の上へ組み敷く。


そのまま夜着の上から両の乳房を揉みしだく。
突然のことに彼女の顔は驚いていたが乳房への刺激にまだ敏感になっている身体は感じているようだった。


また乱暴に夜着を剥いて直に乳房を強引に揉んでいると…
俺の両手にそっと彼女の手が重なった。


掌に残るわずかな温もりで優しく俺の手に触れる。
もう片方の手は俺の髪をそっと優しく撫でつけた。



瞳はジッと俺を見つめている。
その瞳の色は憎しみも恨みも憐れみも感じない。
ただ俺を見つめている。




行き着くとこまで行き着いたって俺たちのこんな関係にはなにも残らない。




ソレ以上を欲しがったりなんてしない。
なにを手に入れたいわけじゃない。


あなたも…
俺も…
そうだったはずなのに。

こんな関係に愛はあるの?





あぁ……彼女の顔に赤い血が一滴零れ落ちた。
また過去の傷が物語る。




この傷から俺たちは逃れられない。―------―--

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