小説

□救いの君
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『赤子は作るなよ。おまえの身が動けなくなるぞ。』






「…とまあ、桂さんの近況は俺らにもまだわかんねぇ。まだまだかかりそうだな、この生活は。」

「そうですね…」


どこかホッとしている自分に気づく俺。

この頃自分が本当にどうしたいのか分からないな……



いつもの土手で休憩を装って荷物を地面に置き、飯塚さんと近況報告をしている。

お堅い話が終わった後は俺をからかうのがこの人の常だ。


今だってふぅーっとキセルを置いた瞬間に笑みを浮かべた。



「で、どうなんだ?」



ほら、キタ。



「なにがです?」

「とぼけんなよ。いつも聞いてんだろ?巴ちゃんとは上手くやってんのか?」

「普通に上手くやってますよ。」

「夫婦として聞いてんだよ。夜の営みはちゃんとやってんのか?これも男の仕事だぞ」

「なにが仕事ですか…」


いつもの呆れ顔で聞いているのに飯塚さんは御構いなしにニヤニヤ笑みは絶えない。



「女一人、満足させてやれねぇーでなにが男だって話だよ!

ま、その感じだと一時の不味い時よりかは遥かに上手くやってるな。」


ここへ越して来た当初、巴とはお互いぎこちなく色々なすれ違いや我慢があった…

それを知っている飯塚さんは度々その頃の話を掘り返しては話のタネにする。


「いいよなぁ〜あんな別嬪、さぞかし美味しいんだろうなぁ〜〜」

「人の嫁を食べ物扱いしないでください。」


「なんだよ。おまえもどうせ美味しく頂いてんだろ!!おい!!」


巴は美味しい。と本人の前で言ったことがある俺はかなりの図星だが、

相手は飯塚さんなので素知らぬフリを突き通す。


誰があんたなんかに教えてやるか。

あんな美味しいの。



「だが、美味しいのは分かるが今この状況で赤子だけは作るなよ。」

つい先ほどの笑みは消え失せ飯塚さんは鋭い目で俺を見つめる。


「それがお前の弱みになるし、巴ちゃんも危険だ。

いや、それ以前に赤子なんか出来ちまえばお前の身が思うように動けなくなるぞ。」






「あなた…あなた?」


「わっ!!」

ぱっと顔を上げたら巴の顔が目の前にあって驚く。

夕餉を終えて後片付けをしてもなおボーッとしている俺を心配したらしい。


何度も声を掛けていたのに…と呟いた。

それすら気づかなかった…。



「なにかありました?」

いつも鋭い巴の問いに「なにもないよ」と努めて笑ってみせる。



「うそ…」

巴の指が俺の眉間を前髪の上からスーッとなぞる。


「帰ってきてからずっと…ここにシワが寄ってますよ。なんだか…怖い顔…」


そうか。そんな顔してたのか…。

巴に言われて気づく。


「飯塚さんに何か言われたのでしょう?

飯塚さんと会った後からずっとココがこうだから…」

再び俺の眉間をスーッとなぞる。



「巴には…なんでも見破られるな…」


どうして巴には俺の全部が分かるのかな…?

目を丸くしていた俺は自然と笑みが零れる。


巴の仕草はいつも母のようで優しくて暖かい。



「辛い時は私に甘えてください。」

フワッと白梅香の香りと一緒に巴が抱きしめてくれる。



「普段は甘えん坊さんなのに…こういう時あなたは甘えるのが下手ですね。」

巴の柔らかい表情が俺を見つめる。



あぁ…その言葉だけで救われた…

そう思った。



そっと俺も巴の背中に腕を回して抱きしめる。

それから重い口を開いた。


「赤々を…」

「え…?」


巴の顔が俺を覗き込む。


「赤々を作るなって言われたよ。明日の生活もどうなるか分からない今…

赤々が出来たら俺の身が動けなくなる。」



「そうですね…でも…いつ赤々子が出来てもおかしくないのに…」


俺に回していた右手で自身のお腹をそっとさする。

そして俺の頬にある傷を隠すようにそっと手を当て真っ直ぐに見つめた。


「私はあなたに…毎晩のように愛されているのに…」


蕩けた瞳で呟く巴の声に表情に…

ゾクッとキた。


もう最近は彼女の色香に翻弄されっぱなしの俺だったから…。

頬に当てられた手にそっと自分の手を添える。



「それに巴自身の身にも危ない。…ごめん…考えなしの俺で。」


「どうして謝るんですか…?あなたも私も哀しいのは同じでしょう?」


「巴…」


哀しい顔をした彼女。

頬に当てられた巴の手に顔を埋める。

きっとさっきよりもっと皺くちゃだ俺の顔は…


「最近、俺は自分がどうしたいのか分からない…。飯塚さんと会う度、恐くてしょうがない。

この生活が明日にはなくなるかもしれないって思うと…

今日だってまだまだ大丈夫だって分かった途端…どこかでホッとしてる俺がいる。」


巴の手をそっと剥がして自分の両手で包み込む。

真っ直ぐ彼女を見つめる。



「本当は君と…このままこの生活を続けられるなら…二人で逃げたっていい。

剣を捨ててもいい。ずっとこのまま…二人で暮らそう。

そう考えてる自分がいる…。」


そして巴を強く抱きしめる。

弱ってる自分を見せたくなくてギュッと巴の首筋に顔を埋める。


彼女もそっと抱き返してくれる。


「わたしは…あなたと居られるならどこでも一緒に…」


一呼吸置いて


「でも……本当のあなたは違うでしょう?」



「え?」



顔を上げるとすぐ目の前に巴の顔。

その表情は読めない。


「本当のあなたは…誰かのために戦いたいでしょう?」


「どうして…」


「今まで苦しくても、自分から逃げないで戦ってこれたのは…誰かのためにでしょう?

自分のためじゃない。私のためだけじゃない。

誰かのために…

そんなあなたを私一人占めなんて出来ないです。」


「どうして…巴には俺の気持ちが分かるんだろう?俺にも分からないのに…」


少し泣き笑いになる。

少し声が掠れてる。


今日の俺は全く男らしくないね。

「君に救われてばかりだ…」



「口付けしてもいい?」

「ええ…どうぞ」

「今夜も甘えていい?」

「ええ……」


「まだ迷ってるこんな俺でもいい?」

「ええ…いつでも私はあなたの側に居ます」



いつもそうだった。

出会った時から俺の内のモヤモヤを掻き消してくれるのはいつも君だった。

俺の心を唯一満たしてくれるのは君だけだった。



強くて綺麗な人。

俺こそずっと君の側に居させて下さい…。

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