紡夢の理想郷

□一章 理想郷よりクソッタレな現実様へ
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─2話 ゆかりの追跡─

クラスの中では受験に対する話ばかりしていた
そりゃ高校三年生となれば誰でも苦労するだろうし
進路について真剣に悩む時期だろう
でも進路を考える皆の中で私は一人別の事を考えていた
皆はもう気にかけてないが…

学校が終わり校舎を出るとゆかりは一直線に家に向かった
自分の家の方向であったが向かう先は違った
その途中にある病院である
学校の制服のまま綺麗で長い黒髪を靡かせ受付に向かった
「すみません、今日もその…神座さんの御見舞で」
ゆかりは看護師にそう言うと言わなくてもわかってる、と言った様子で通してもらった
ここ一ヶ月ずっとこの調子だ
見慣れてきた病院の廊下を渡り『神座 香織』と書かれた病室に入った
「香織、今日も来たよ…調子はどう?気分悪くない?」
返事が返ってこないのは分かっていた
香織は今流行りの原因不明の昏睡状態に陥る病なのだから
香織は幼馴染みで叔母さんに預けられてきた頃からの友達だった
友人関係の浅い香織であったがゆかりは何かと学校に連れていかせたり勉強を教えたりと世話を焼いていた
あの日だってそうだ
学校に連れていこうと香織の部屋に向かうと叔母さんが作った料理が部屋の外で一口も食べていない状態だった
気になって部屋を見ると既に香織は深い眠りについていた
何度も泣きながら身体を揺らしたが起きる事などなく、すぐ様病院に搬送されるもここ一ヶ月目を覚ますことは無い
香織の叔母さんがその話を聞いて仕事から急いで戻ってきたのは搬送されて間もなくだった
ゆかりはその日深い闇の中に沈み込んだ気持ちだった
しかし諦めなかった
毎日の様に香織の部屋に通うと声を掛け、目が覚めた時の為にと香織が子供の頃に好きだった林檎を剥いて目の前に置いていた
毎日変色した林檎を見ては少し落ち込んで、すぐ様香織に話しかける
これが精一杯だった
学校では成績優秀で運動神経も宜しい、才色兼備とも言われる程のゆかりだったが流石に今の香織を助ける手立ては見つからなかった
「今日ね、進路希望調査配られたの。皆どこに進学するかって話で持ち切りだったよ」
目を閉じたまま上を見上げている香織は何も返事しなければ頷く事も無かった
それは知っていたが今のゆかりには諦める事は考えられなかった
「早く…起きてよ…皆が忘れちゃってても私はずっと待ってるんだよ…」
手を握るとしっかり肌の温かみを感じ取った
──香織は生きている…
それを実感できる事が唯一ゆかりを安心させていた

「叔母さん、お邪魔します…」
香織の家に着くと香織の叔母が出迎えてくれた
ここにも週2回ほど通っていた
そんなゆかりを叔母は嫌な顔一つせず歓迎した
叔母もきっと心のどこかでは辛いはずなのに
「いらっしゃい、ゆかりちゃん。ゆっくりしていっていいわよ」
ゆかりの顔を見て安心した顔をすると叔母はそそくさと部屋に戻っていった
ゆかりが向かうのは勿論香織の部屋だった
何度もこの部屋に遊びに来てはゆかりの遊びに付き合わせたり、でも今はそんな馴れ馴れしい仲ではなくなってしまい、むしろゆかりが一方的に関係を続けてる様に見えた
「変わらないなぁ…あの日から何も」
当たり前の事だったが寂しげに呟いた
その視線の先にはデスクトップパソコンがあった
中学の頃から香織はゆかりではなくパソコンとばかり向き合っていた
少し寂しい気もしたが偶にゲームの話題などを振ると少し楽しげに教えてくれてりもした
それだけでもゆかりは楽しかった
でも今はそんな事よりも…
「何だろうなぁ…四文字」
香織のパソコン…
パスワードさえ解ければ香織が昏睡状態に陥るあの日、一体何を見ていたのかがわかる筈…
その日からスリープモードのまま放置されているパソコンを起動させると「KAORI.」と書かれたアカウントのロック画面が表示される
「いつもそういう所は抜けてなくて必ず打つ所は見せてくれなかったもんな…」
パスワードを打つ時は他所を見るように言われてたが4回キーを打つ音は聞こえていた
誕生日、出席番号、色々打ってみたが分からなかった
今日も無謀だと、そう思っていた
その時の事である
「…あれ、反応しない」
キーの数カ所が壊れているのか反応しなかったのだ
そこは数字の列だった
──259
三つのキーが壊れていた
何で今まで気が付かなかったのだろうか…
見るからには分からないが
これは壊されていた

…2…5…9

はっと、気がついた顔をすると
ゆかりは香織の机を漁った
中にはよく分からない機械があったが求めていたものもあった
テンキーである
USBで接続すると打てなかった3文字の数字も入力する事ができるようになっていた
正確に数字を打っていった
「多分…四文字だろうから0も加えて…」
0529
入力するとパソコンのロックが解除される
ゆかりはまさかと思っていたが唖然としていた
何故か分からなかったがその数字からはこれしか思い付かなかった
一番ゆかりが縁のある数字なのだから
「5月29日…誕生日…」
「……私の?」

次の日に病院に再び訪れた時にも香織は昨日と変わらぬままだった
変色した林檎を捨てると話し掛け始めた
「…香織…私も、すぐに行くからね」
ゆかりが昨日見たものに対してすべて半信半疑だった、が今はこれしか考えられない
ゆかりが香織の意識を取り戻すためにできる事は
あの開かれたままの掲示板にあった夢の世界へ
そう思いながらゆかりは香織の手を握った
もう二度と帰ってこれないかもしれない
それでも香織に会いたいと、そう思った
目を閉じ香織のベッドに寄り添うと部屋はとても静かに感じた
その瞬間


夢の中だと実感したのは目の前に子供の頃の香織が現れた時だった
あの頃に戻りたいと何度も思ったかもしれない
しかしこれは所詮夢である
何か話しかけてくる香織を無視して夢の中のゆかりは目を閉じ…

そしてこの瞬間、雛菊ゆかりは
香織の病室で原因不明の病に
昏睡状態に陥った




「…ぇ…ねぇ、大丈夫?」
声がした
女性の声が
目をうっすら開けると日が差してるのを感じた
外だろうか、寝転がってるのを感じながら背中が暑いのを感じた
「あれ…私何を…」
起き上がると目の前に見えたのは少し不思議な人物だった
小柄だが鎧を身につけた実に珍しい格好の少女がいた
ゆかりとは正反対な真っ白な二つ結びの髪が特徴的に見えた
その次に見えたのは少女が片手に持っていたあるモノ
それは大きな斧だった
「ひっ…!」
つい後ずさりをするゆかりに対して不味いという顔をして少女が斧を後ろに回す
「あ、あぁ!ごめん…アンタこっちに来たばっかりなのね…そりゃびっくりするわ」
何処か勇ましい雰囲気と共に優しそうな様子を感じた
頬をかく少女に敵意を感じなかった為かゆかりは立ち上がると問い始めた
「ここは…もしかして、紡夢ですか?」
香織のパソコンを覗いた時の記憶を思い出しつつゆかりは聞いた
するとキョトンとした顔をして少女が答えた
「勿論そうだよ?無意識に来たんじゃなくて望んで来たんだよね?」
やはり…と、ゆかりは思った
噂は本当だったのだと
そしてきっとここに香織がいる
続けて少女に問う
「その…香織を…香織と言う人を探しています。知りませんか?私と同じ年の男の子で…」
少女は不思議そうな顔をしつつも答えてくれた
「カオリ?…んー知らないねぇ…恋人とか?」
と聞かれゆかりは顔を真っ赤にしながら両手を振り否定した
「ち、違います!…幼馴染みです、子供の頃からの」
ふーん、と少し怪しんでる顔をしながら少女は笑った
信じられてないな…と思った
「まぁここで会ったのも何かの縁だね、女の子一人じゃ危ないし街まで案内したげるよ」
と、自分は一人でどうなのだと疑問を抱かせるような発言をしながら手を差し伸べてきた
ゆかりはその手を掴むと自身の事を言った
「ありがとう…私はゆかりです、雛菊ゆかり」
少女はニッコリ笑うとよろしく、と返事した
「私はアリス、龍殺しのアリスだ」
するとアリスと名乗った少女は手を引っ張りとある方向へゆかりの顔を向けた
その方向の景色を見て驚愕した

山に囲まれたその街は現代のようにビルや車で覆い尽くされた現代とは違い
少し古い雰囲気も残しつた
香織が好きそうなゲームの世界にソックリだった
「ようこそ、ゆかり。紡夢へ」

「 Glory city(グロウリーシティ)に、ようこそ 」

英雄の都市と呼ばれるその地に
ゆかりは足を踏み入れてしまった
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