紡夢の理想郷

□一章 理想郷よりクソッタレな現実様へ
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―1話 香織の場合―

カタカタと部屋に鳴り響くキーボードを叩く音は何処か寂しげだった
誰も入ってくる事も無い部屋
そこにはたった一人少年が生活をしてるだけだった
外に出る事は本当に稀
別に病気だったりする訳でもないのだが
学校にも退学にならない程度に来ては殆ど休む
そんな生活を繰り返していた
神座香織(カムクラカオリ)はそんな少年だった
香織は何もかもが嫌いだった
自分の女っぽい名前も嫌いだし
両親が借金が原因で自身を叔母に預け逃げたという現実も嫌い
学校で気に入らないと言って喧嘩を売ってくる生徒も嫌い
その喧嘩を買ってやり返してやった結果を自分のせいにしてくる教師も嫌い
周りの目を気にして関わりを持とうとしないクラスメートも
ありもしない噂も加えて不評を伝言ゲームしていく町の人も
そんな現実の出来事を伝えるテレビのニュースでさえも
嫌いでならなかった
ただ本当に嫌いな事しか無いならすぐに首を吊りこの世から去っている
将来の事も少し気にかけて成績上位をキープなどしない
叔母が見捨てずに作ってくれる食事に手を出す事もしないだろう
本当にこの世の中が嫌いなら
でも彼には唯一この世界から逃げる事ができる場所があった
それがネットワークの世界だった
顔を合わせずに知らない人と楽しげに会話も出来れば
買い物に出ないでも注文するだけで欲しい物を家に届けてくれる
そして何より子供の頃から好きだったゲームがあった
RPGゲームが好きだった香織はネットで見つけた『DragonNaiL』と言うゲームで少し名の知れるプレイヤーだった
中学の頃、所謂中二病の頃に付けられた名が『神殿の亡霊』と言う何とも周りからしたら恥ずかしいネーミングだった
何でも拠点にしていた神殿エリアで何度もプレイヤー狩りをしていた結果、すぐに有名になったという
しかしこの世界でもやはり「やり方が汚い」や「待ち伏せばかり卑怯だ」など
現実と変わらず好んでくれる人物など居なかった
そりゃそうだ、ゲームとはいえ中には現実世界の何処かの誰かが操作しているのだから
でも構うことは無かった
「今更嫌われ者なんて…慣れっ子だよ、ばーか」
強がってるだけにも聞こえるが香織はそう言い続けてレベルを上げていったという
そんな同じ様な日々が続く中、あの出来事が起こった
いつもの様に神殿で他のプレイヤーが来るのを陰で待ち伏せしていた時のことである
複数人のプレイヤーが神殿を立ち寄った
武器からして明らかな課金プレイヤーに思えた
働きもしない生活をしていた香織はゲームに課金などした事無かった
出来ないからこそ闇討ちのような事ばかりして強くなっていった
それが香織の強さであり弱さでもあった
ざっと入ってきたプレイヤーは8人程度だろうか
接近型の騎士が3人、遠距離からの魔法使いが4人、一番後方に回復役の僧侶が1人居た
香織はすぐに自分の経験値目当ての集団だと察した
神殿エリアにはかなり序盤のモンスターしか出ない
しかし何故多人数で構えながら入ってくるのか、考えてみて答えはそれしか出てこなかった
しかし香織はいつもの通りプレイヤー狩りに出た
3人の騎士が隠れてる場所の前を過ぎた直後に魔法使いのプレイヤー達に斬りかかった
勿論遠距離に居てサポートとして魔法を使おうとするプレイヤーに近距離攻撃に対する防御力はそれ程備わっておらず一瞬にして3人が潰される
残った1人は勢いで逃走を測る
香織は残った騎士が寄ってくるのを分かっていた為に追わず正確に厄介な僧侶に斬りかかった
僧侶も同様に香織の攻撃力には耐えきれずにあえなく散った
後は騎士であったがすぐそこまで3人揃って近寄ってきていた
しかし焦る事なく香織は道具メニューを漁った
使用のコマンドを押すと同時に騎士達が斬りかかってきた
ダメージを受けるも香織は先程と違い紙を片手に握りしめて舞を始めた
数回斬りかかってきた騎士は少ししてハッと気づいた
1人はその舞が終わる前に倒そうと斬り続け1人はそれに気付かず逃げ出そうとした
もう1人が悩んでる間に舞が終わり香織の周りからは連続で爆発が起こった
巻き込まれる騎士プレイヤー達はその場で倒れていった
香織が使ったのはこの神殿の奥にある巻物だった
一撃で大体の雑魚モンスターや初期のボスを倒せる貴重なアイテム
これを取りに来るプレイヤーをいつも香織は狙っていた程であった
魔法に耐性を持たない騎士を香織はいつも通りアイテム漁り、ゴールドや金目の武器を回収した
その時だった

目の前に一瞬だけ雷が走った
魔法である、勿論そんな事が出来るのは1人だけ
先程逃げ出したと思われていた魔法使いであった
「こいつ…逃げたんじゃなかったのか」
相手のアバターはまさに魔女を気取った帽子にローブ、そして杖をこちらに構えていた
まずいと香織は思った
こちらにもう巻物は無く遠距離で相手まで距離を詰め寄る間に魔法に耐え切れる自身など無かった
だからと言って逃走すれば後方より不意打ちの倍ダメージ
香織の頭の中で混乱が起こった
そして今までにない緊張感と共に
立ちすくんだ香織のアバターは数ヶ月ぶりに倒れてしまった
GAME OVERである
「…なんだよ…ふざけんなよっ!」
ついキーボードを拳で叩いてしまった
こんな屈辱感を味わったのは久々だ
町のベッドの上から再開するのは最悪の気分だった
「くそ…っ、そこ俺があんな雑魚に…」
愚痴が止まらなかった
こんな事は初めてで苛立ちが止まらなかった
そしてこんな体験も初めてだった
ポコン、とディスプレイの左下に何かが出てきた
そこには先程の魔法使いの女のアバターの顔があった
メール通知のようだった
香織がこのゲームでプレイヤーからメッセージを受け取るのは初めてだった
恐らく死体となった神殿の香織の残骸からアバター情報を手に入れたから送れたのであろう
虚ろ目になりながら香織はメッセージを読んだ
そこには一つの文…というか
「…URL…だよな?」
クリックするとサイトに繋がった
何処かの掲示板だった
見た事ないサイトの名前はこうだ

『紡夢の理想郷』
紡夢に関する書き込みや噂を募集しています

・私の友達も紡夢に行ったかも
・紡夢見たけど帰ってきたけど何か質問ある?
・紡夢最新情報まとめ

「…な、何だこれ…まず紡夢って?」
香織はページを読み進めていく内に紡夢について知っていった
中にはただの楽しかった夢ってだけの話もあったり
真実は分からない程遠い親戚の噂だったり
でも段々と香織はその存在に興味を持っていった
気が付けばベッドの上
香織の思っていた事は一つだった
このクソッタレな現実から逃げて
自分の理想が叶う夢の中へ
確か夢の中で夢を見れば良いんだったか
香織はそんな事を思いながらいつの間にか夢の中に入っていた



目を覚ますと目の前に広がっていたのは
鎧や刀、杖やローブ
日常では見かける事の無い世界
香織は久々に笑みを浮かべた
いつもは楽しげに無いあの世界とは違い
香織はそのまま囁いた

「理想郷より、クソッタレな現実様へ」
「俺はこの世界で生きていくから」




これが一年前
香織が昏睡状態に陥った日の
誰も知らない真実であった●●
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