短編
□月が綺麗ですね
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side.花宮
名無しを家まで送ることになった。
部活終わりに原が「もう暗いし送っていってあげなよ〜!」なんてヘラヘラ笑いながら提案したからだ。
原は俺が名無しを好きだと知っててそう提案してきた。本人はいい事した、とでも言いたげな表情をしてるが俺からしたら、いらんお節介、ありがた迷惑というやつだ。
それに他の奴らは変なところで空気を読んだのか、一緒に帰ろうとしない。オイオイ、二人きりで帰れと?いきなりハードル高すぎるだろうクソが!
「一人で帰れますよ?」なんて言う名無しに、気を遣わせたことに気付いて思わず舌打ちをしてしまった。
帰り道、名無しは俺より数歩後ろを歩いている。
チッ、なんで隣を歩かねぇんだよ。そんなに俺の隣は嫌なのか?
イライラしていると、不意に名無しが立ち止まった。それに合わせて俺も立ち止まる。
『苗字?』
「花宮先輩。」
名無しが俺を呼んだ。体ごと向き直り、名無しを見る。少し顔が赤いのは寒いからだろうか。
名無しはゆっくりと空を見上げた。
「月が綺麗ですね。」
そう言ってニッコリ笑った名無しは綺麗だった。
月が綺麗ですね
──貴方を愛しています
そう捉えていいのか?期待していいのか?
…いや、ダメだ。名無しはそんなつもりなんて無くて、普通に話しかけたのかもしれない。
馬鹿だからさっきの言葉の意味なんて知らないのかもしれない。
もし、本当に名無しが言葉の意味を知っていて俺に言ってきたのなら、答えたい。
でも、本当は言葉に意味なんて無かったのなら、と考えると答えるのが怖い。
『……星が綺麗だな。』
口から出たのはそんな言葉だった。
情けない。答えるのが怖くて遠まわしに確認するだなんて。
「あははっ、花宮先輩ってやっぱり捻くれてますよね〜。月が綺麗って言ったのに星の話をするなんて!」
俺の言葉に名無しは笑い出した。
……やっぱり、意味なんてなかったのかよ。はは、勘違いして恥ずかしいな。
「寒くなってきましたし、早く帰りましょ?」
『オイ。』
歩き出した名無しを呼び止める。
「なんですか?」
『……夏目漱石って知ってるか?』
「知ってますよ?って言っても、今の千円札の一個前の人ってことくらいですかねー。」
名無しは首を傾げてそう答える。ああ、俺は一体何を聞いているんだ。
『…お前、本は読むか?』
「お恥ずかしながら読書は苦手で…。」
見苦しく言葉の意味を問いただしてみても、やはり意味なんてなくて、余計に悲しくなった。
『…そうか。』
そう言った時、何故か名無しは悲しそうな顔をしていた。
星が綺麗ですね
──あなたはこの想いを知らないでしょうね