短編
□月が綺麗ですね
1ページ/2ページ
冬は日が暮れるのが早くなる。
部活が終わった頃にはもう辺りは真っ暗で、危ないからという理由で花宮先輩に送ってもらえることになった。
花宮先輩は最初「全員で送ればいいだろ。」と言っていたが(恐らく全員とはスタメン5人のことを指していると思う。)
「ザキとゲーセン行くから。」と、原先輩と山崎先輩。
「本屋でガーデニングの本を買わないと。」と、古橋先輩。
「馬に蹴られたくないから遠慮しとく。」と瀬戸先輩。
つまり他の人達全員に断られたのだ。
『一人で帰れますよ?』と告げれば舌打ちをされた後「行くぞ。」と歩き出す花宮先輩。
花宮先輩、歩くの早いな。歩幅が違うから仕方ないとは思うけど…。ああ、でも隣を歩きたくない私としては好都合かもしれない。
私は花宮先輩が好き。
性格は悪いけど、なんだかんだ身内認定した人にはほんの少しだけ優しくなったりして、その優しさに触れて、気付いたら好きになってた。
好きな人の隣を歩くのは、今の私には少しハードルが高い。だから花宮先輩の少し後ろを歩く、この距離で充分。
……なんて言ってみたけど、やっぱり、隣を歩きたい。
花宮先輩、好きです。
そう言ったら貴方は一体どんな顔をするんだろう。受け入れる?拒絶する?そもそも相手にすらされない?…わからない。
…言って、みようかな。
幸い、明日は部活が休み。たとえフラれても一日空ければきっと割り切ることができる。それに、花宮先輩と二人きりになる機会なんて滅多にない。やっぱり、この機会を逃すわけにはいかない。
前を歩く花宮先輩を、月が照らしている。
私は花宮先輩を追うのをやめて、ゆっくりと足を止めた。
「苗字?」
花宮先輩が私に気付いて立ち止まる。
そういえば気付かないでそのまま先に行く可能性もあったなぁ、なんて思って、すぐ気付いてくれたことに嬉しくなった。
『花宮先輩。』
名前を呼ぶと、彼は真っ直ぐ私に向き直してくれた。こういうところが優しいんだよね。
顔が赤いのバレてないかな。もしバレても寒いからだって言って誤魔化しちゃおう。
なんだか恥ずかしくなって、空に浮かぶ月を見上げた。
『月が綺麗ですね。』
これが、私の精一杯の告白。
誰もが知っている有名な言葉。それに花宮先輩が気付かないわけがない。
これに花宮先輩がどう返答してくれるのか。私は馬鹿だから直球で言ってくれないとわからない。
「……星が綺麗だな。」
花宮先輩は私の言葉を聞いて、少し考えた後そう返した。
『…ぁ。』
いきなり星の話をされるだなんて思ってもなかった。
多分話を逸らされた。花宮先輩が気付かないわけがないんだから、逸らされたということは「今の告白は無かったことにしたい」という意味なんだろうか。…そっか、部活で気まづくなるのは困るもんね。
花宮先輩がそれを望むなら、私も今の告白は無かったことにしよう。
『あははっ、花宮先輩ってやっぱり捻くれてますよね〜。月が綺麗って言ったのに星の話をするなんて!』
いつもと変わらない、部活で接する時と同じトーンで笑って返す。
『寒くなってきましたし、早く帰りましょ?』
このままここに居ると、泣き出してしまいそうだから。
「オイ。」
歩き始めて、花宮先輩を追い越した時、花宮先輩に呼び止められた。
『なんですか?』
「……夏目漱石って知ってるか?」
『知ってますよ?って言っても、今の千円札の一個前の人ってことくらいですかねー。』
首を傾げてとぼける。深くは知りません、さっきの言葉に意味なんてありません。
「…お前、本は読むか?」
『お恥ずかしながら読書は苦手で…。』
なんでそんな質問ばっかりするの?まるでさっきのを告白にしようとしてるみたい。
「…そうか。」
そう呟いた先輩の顔は、すごく悲しそうだった。