恋人は専属SP 一柳 昴

□【夢】戻らざる時
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もしも…もう一度、あなたと巡り会うことができるなら

その時は、決してその手を離さない――






官邸の庭にあるベンチに一人、腰かける。

春の心地よい風が優しく髪を撫でていく。

穏やかな陽射しが降りそそぐ庭で、その場に似つかわしくないため息をつく。



先程、昴さんに言われた言葉が、耳鳴りのように頭に響き、
体の奥から私を凍えさせていく。




「お前も参列してくれよ。オレの結婚式に」




そう言われ渡された招待状を、焦点の合わない視線でぼんやりと眺める。




昴さんは結婚する。

以前、昴さんから聞いた政治家の娘さんだという『婚約者』さんと。

親同士が決めたことだけど…この結婚は必ず昴さんにとって正しい選択になるはず。

昴さんが望んでいた未来…『出世』への近道となり、キャリアへの道が確固たるものになるのだから。




これでいいんだ。

私みたいな平凡な人間と一緒になっても…昴さんは幸せにはなれないのだから。






はじめは優秀だというみんなの評価もあって、昴さんを専属SPに選んだだけだった。

横暴で、俺様で、言うことがめちゃくちゃで、態度がすごく冷たくて…

それなのに優しくて、カワイイものに目がない乙メンで。

何でもスマートにこなしていく…そんな昴さんにどんどん惹かれていって…




気づいた時には、昴さんのことばかり考えていた。

いつも昴さんの姿を目で追っていた。




昴さんと一緒だと、何もかもが楽しく思えた。

昴さんの隣りは、他のどこよりも…安心できた。

何物にも代えがたいと思うほど…

恋に落ちていた。






しかし、それと同じくらい不安にもなった。

昴さんはエリートで、キャリアで、警視総監の息子だ。

学歴も容姿も、申し分ない。

仕事も家事も、何だってできる。

…そんな完璧人間の昴さんに


私なんかが、つり合うはずがない――




だからあの時…

私は差しのべられた手を、自ら突き離してしまった。




「お前、オレのこと好きだろ?」




――はい。

そう言ってその手を取れば…

その胸に飛び込むことができたら、どんなに幸せだっただろうか。




私にはできなかった。

昴さんが、好きだから。

昴さんには、自分が望む人生を歩んでほしかったから。





「な、なに言ってるんですか! 昴さんにはちゃんと婚約者さんがいるでしょ?」

「お前の気持ちは……オレの勘違い、か?」





そう…

勘違いだと思ってほしい。

そうしたら私も…勘違いだったと諦められるから…






数日後。

昴さんは婚約を発表した。

トントン拍子に式の日取りが決まっていく。

私が気づいた時には、もう戻れないほど…昴さんは遠くに行ってしまっていた。
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