意味なんかないわ、と君は言う。
つまらなそうに視線を落として、制服の袖でその唇を拭いながら。
だから僕も同じように自分の唇を拭ってみせた。意味はない。彼女の行動をトレースしただけだ。
けれど彼女は苦し気に眉を寄せた。不愉快なのかもしれない、僕のとった仕草が。
君が先にやったくせに。
「何の意味があるんだい」
先程と同じ言葉を繰り返す。
予想通り彼女は言った。吐き捨てた。
「意味なんかないわ」
なんだってこう、君は嘘吐きなんだろう。
否、嘘ではないのかもしれない。彼女自身もその行為に意味を見出だせていないのかもしれない。
だけど探している。
君は自分のとった行動の理由を、意味を、二つの蒼い瞳で探っているじゃないか。
本当に意味がないなんて事、ある訳がないだろ。
言えば彼女は唇を噛んだ。
僕に口付けたその場所を自ら痛め付ける。
胸の奥がじりじりした。焼け焦げて灰になってしまいそうだ。
美しい薄茶色の髪を乱暴に引いて、無理矢理唇をぶつける。
奪われたものを奪い返しただけだ。少なくともその瞬間の僕はそう考えていた。
「…何の意味があるの」
今度は彼女が僕に問い掛けた。
意味、意味だって?
「意味なんかないさ」
本当に意味がないなんて事、あるんだろうか。
***
086.逃げ口上