※うさぎさんとすぷらったーさんの電波文
※かなり壊れ気味








酷く重たい瞼を持ち上げてその目を開けた時、最初に見えた色は白と赤だった。

――ああ、兎だ。

そんな事をやけに回転の鈍い頭で考えながら、目の前にいる生き物に触れようとした。
けれど腕が持ち上がらない。まるで何かに縫い止められているかのように。
無理に動かそうとすれば身体中に突き刺すような痛みが走ってアスカは呻く。

痛い。痛い。痛い。

「―――!」

苦しみに喘ぐ中で不意に何らかの音、誰かの声が聞こえた。
焦りを滲ませたその声が何と言ったのかはわからない。ただ、聞いた事があると、そう思った。

「――!――――を、――く!」

声は何かを叫び続ける。
いっそ悲鳴のような。必死さを滲ませたそれがどうしてか可哀想で、ただその叫びを止めたくて、身体中が痛むのを堪えながらアスカは兎に手を伸ばした。

「―――ド!」

まるで泣き出しそうな声で兎はまた何かを叫ぶ。

どうしてそんなに辛そうなの。そんな声、似合わない。

何故かそんな事を思って。伝えようとしたのに喉が焼けるように痛くて音にならなかった。
ひゅうひゅうと荒い呼吸だけが繰り返しアスカの唇から漏れる。伸ばしていた手が誰かの掌に包まれた。

痛みを感じる程強く握られて。

その痛みでアスカの意識が完全に覚醒した。

「………ぁ?……わ、たし……」

恐ろしい程擦れたその声は、確かに自分のものだった。
霞んでいた視界も確かさを取り戻し、耳に音が戻ってくる。雑音だ。沢山の人が走り回る音。ガラガラと、車輪の回る音。それから。

「……セカンド、僕がわかるかい?」

焦りと必死さと何らかの切実さを孕んだそれは、断片的に届いていた声と同じだ。
何度か瞬きを繰り返して、アスカは自分が見ていた白と赤の生き物が兎ではなかった事を知った。
そうだ、こいつも赤と白だった、とぼんやり考える。

「……セカンド?」

ますます歪む表情がただただ不思議で。
だって彼のこんな顔は見たことがない。

「……どうして、あんたがここにいるの?」

あんまりにも下らない疑問が口から滑り落ちて、アスカ自身戸惑った。けれど目の前の少年は一瞬だけ呆けると、すぐに安心したような表情を作る。よく見れば手を握っていたのも彼だった。

少年はアスカの質問には答えずに、ただ一言。
震える声で言った。

「…生きていてくれて、良かった」

***


聞けば、どうやらアスカは三日間生死の境を彷徨ったらしい。大怪我を負い、意識は一度も戻らなかったそうだ。
情けない事に使徒との戦闘が原因だった訳でもなくて、車の衝突事故に巻き込まれたのだとか。アスカ本人の記憶からはさっぱり事故前後が抜け落ちていて、目が覚めたら身体は動かないしあちこち痛いし、何故か病室に寝かされているしで訳が分からなかった。
だからミサトがアスカを抱き締めて泣いても、シンジが安心したように崩れ落ちても、どうしていいのか困ってしまったものだ。

そして、何より。
どうしていつもこいつが居るんだろう、とそればっかりが気になってしまった。

「……ねぇ、どうしてあんたが毎日いるの?」
「……いたら駄目なのかい?」

アスカの意識が戻ってから5日が経ち、丁度その人物と二人きりになる機会があったのでとうとう尋ねる。
ミサトに聞いた話ではアスカが昏睡状態だった三日間も彼は毎日朝から晩までベッドに張りついていたらしい。それには疑問しか湧かなかった。

「駄目っていうか……私、そんなにあんたと仲良かった?」
「仲は……良くなかったね」

肩を竦めてそんな風に言ってのける彼に眉を潜める。アスカが兎だと思っていた少年――名前は渚カヲル。
記憶が確かならば彼とアスカは同じ弐号機パイロットで、犬猿の仲だった筈だ。口喧嘩を吹っかけに来るなら理解は出来るが、お見舞いに通って貰うような覚えはない。
まさか自分の記憶が飛んでいるのかと問えば、「いや、その認識で正しいよ」と言われて更に訳が分からなくなる。

「…じゃあ何でここにいるの?」

訝しげな視線を送るとカヲルは苦笑いを作って応えた。

「……君が事故にあった現場に僕も居たんだ。偶然にもね」

ネルフに連絡したのも僕さ、と言葉は続く。
学校からの帰り道、突然後ろから轟音が響いて振り返れば車が横転していたのだと。アスカはぐしゃぐしゃに潰れた車から大分離れた場所に血塗れで転がっていたらしい。

「酷い有様だったよ。腕は妙な方向に曲がっているし、アスファルトは瞬く間に赤く染まっていくしで」
「……自分の事ながら、中々想像したくないわね」

さぞかしトラウマを植え付けたであろう事は理解出来る。
けれどそれが、カヲルが毎日ここに通う事と何の関係があるのだろう。

「……死んでしまったのかと思ったんだ」

ぽつりと、抑揚のない声でカヲルは言った。アスカが驚いたように目を瞠れば彼はため息を漏らす。

「いつもなら僕が名前を呼べば怒鳴り声が返ってくるのに、幾ら呼んでも君は返事も返してくれなかった。ぴくりとも動かなくて、その目は閉じられたままで」
「………そりゃ意識無かったんだから仕方ないじゃない」
「ずっとこのままなのかと思ったんだ。二度と目を開く事はないんじゃないかって、そう思ったんだよ」

今でもそうさ。
カヲルが疲れたように笑う。

「今はこうして喋れていても、突然また目を覚まさなくなるかもしれない。そう思うとここに来ずにいられないんだ」
「……なんでそんなにネガティブ思考なの?医者からもとりあえずは大丈夫って言われてるんだけど。あんたも聞いてたでしょ」
「そうなんだけどね。何が起こるかなんてわからないさ。医者だって万能じゃない、未来がわかる訳でもない」
「そんな事言ってたらあんた一生私に張りついて見張ってなきゃいけなくなるじゃない。馬鹿馬鹿しい、何が起こるかわからないのは誰だって同じだっての」

呆れてみせながらも、どうやら予想以上にカヲルが参っているらしい事は理解していた。余程悲惨な光景だったのか、完璧にトラウマになってしまったらしい。
仲の悪かったアスカの死に苦悩する位には。

「……怖かったんだ、君を失うのが」
「……は?」
「自分でも驚いたんだけどね。会うたび喧嘩にしかならない君にこんな事を思うなんて」
「……あんた、頭にケガでもしたの?」
「ケガをしているのは君だろ。僕は正常さ」
「普通のあんただったら私相手にこんな事言わないわよ」
「僕もそう思うよ。君が事故に会う前の僕なら言わなかっただろう」
「そんなにショックだったの?」

そりゃあちょっとしたスプラッターだったかもしれないけれど、幾らなんでもこれは衝撃を受けすぎだろう。そう思って言ったアスカにカヲルは一層暗い顔をして眉を潜めた。

「…当たり前の事を聞くね」
「あんた散々私から暴言吐かれてたんだから、いなくなってラッキー位に思えばいいのに」
「僕だってそう思えたら楽だったさ。けれど現実は違う。君の意識が戻らない間、生きた心地がしなかった。毎日君の目が覚めるように必死で呼び掛けたよ」
「………それで意識が戻った瞬間に見たのがあんただった訳ね」
「君にはわからないだろうね。君が目を開けた時僕がどんな気持ちだったか」

ぐったりと、まるで自分の方が怪我人のような顔色をしたカヲルはアスカの手を握る。勿論アスカは驚いて、軽く身を引いた。

「な、何すんのよ!」
「今更拒む事でもないだろ。毎日こうやって手を握ってたんだ」
「そんな意識のない時の事なんて知るもんか!大体あんたが勝手に握ってただけじゃない!」
「…やっぱり君は全然わかっていない」

わかる訳がない!と憤慨するアスカに構わず彼はまるで祈るような格好で重苦しい息を吐き出して言う。

「僕が今どれだけ嬉しいか。それに、どれだけ絶望しているか」
「ぜ、絶望?」
「そうだよ。僕はこれから先ずっと君が死ぬかもしれないという恐怖に怯えたまま生きなければならない。次はもう、耐えられそうにない」
「……はぁ?」
「いっそどこか安全な場所に一生閉じ込めて置きたい位だ。そうすればとりあえずは安心だからね」
「な、何怖い事言ってんのよ!あんたやっぱり頭おかしくなったんじゃないの!?」
「おかしい?…確かにそうかもしれないね。だけどそれは君の所為さ」

咎めるような視線で見つめられてもどうしようもない。アスカが一体カヲルに何をしたというのだ。非難されるいわれなどさっぱりないのだ。

「何で私の所為なのよ!」
「君が僕の前で死にかけたりするから」
「…あのねぇ。私だって好きで事故にあった訳じゃないんだけど。被害者よ、私は!」
「そんな事わかっているよ」

でもどうしようもないんだ。
カヲルは全てを諦めたかのようにそんな事を言って、握っていた手に力を込める。
アスカはただひたすらに困ってしまって、居心地悪そうに視線をそらした。

「……あんた、本当にどうしちゃったの?私の事好きにでもなっちゃった訳?」
「好きだとか、そういう事はよくわからない。少なくとも君に対して愛おしいだとか思った覚えはないね」

きっぱりと断言されてそれはそれで微妙に腹が立つ。アスカとしては勿論冗談のつもりだったのだ。

「…こっちだってそんな事思われたくないわよ」
「ただ、」

言葉を切って天を仰ぐと酷く追い詰められた顔をして、カヲルは告げる。

「君がいつかまたこんな状態になるのなら、いっそ今すぐに僕の手で殺してしまいたいと思っているよ」

それがあんまりにも真剣だったから、物騒な事を言われているにも関わらずアスカは怒る事すら出来なかった。
ただ呆然とするばかりで。

「………それか、一生僕の側で生きて貰うしかない。離れる事なく永遠に。君はどちらを選ぶ?」
「…………何でそんな極端な二択を選ばなきゃいけないの?」
「そうしないと僕の方が狂ってしまうからさ。君がいつ事故にあうか、誰かに殺されるんじゃないか、そんな事を毎日考えていたらおかしくなっても仕方ないんじゃないのかい?」
「…あんたが壊れようがおかしくなろうが私には関係ないんだけど」
「そう。だから困っているんだよ」

握っていた手をぱっと離してカヲルは苦笑いした。そんなふうにおどけてみせても、疲労の滲む目元に強ち冗談でもないのだろうと悟る。
不意に目覚めた時の、久しぶりに瞳に飛び込んできたあの時の景色を思い出した。赤と白。必死な表情。声。
もう何だか全てがよくわからない。

やがて、アスカも諦めたように一つ息を吐いて言った。

「……とりあえず、あんたに殺されるのだけは御免だわ」

どちらにしてもまるで愛の告白だ、と狂ったような事を考えて肩を落とす。少し留守にしただけでこの世界は色々とおかしくなってしまったらしい。
カヲルも、アスカも。

酷いトラウマを植え付けられて頭のネジが数本飛んでしまったらしい少年はアスカの言葉に目を瞠ると、最後には結局困ったように笑ってみせた。



***

063.死に物狂い

25、あすかをの日おめでとう!な庵カヲ版記念文。
長文にぴゃー!ってなって書いたのでかなり電波です


160205.

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