セカンドとは別に、特別仲が悪かった訳ではないと思う。
寧ろお互いパイロットだった事もあって他のクラスメイトよりも会話が多かったくらいだ。
仲がいいかと言われればまた別の話になるにしても、それでも僕から声をかけても極端に怒ったり嫌がったりはしていなかった、気がする。
僕が余りにも鈍感で気付かなかっただけでなければ。

確かに彼女は乱暴な口調だったし乱雑な扱いをされる事もあったけれど、それは他の誰に対しても同じだった。僕にだけ特別冷たかった訳ではなく、寧ろ一番被害にあっていたのは同居人であるシンジ君だっただろう。
それがセカンドという人間なのだと理解していれば気にもならない事だった。それなりに上手くやっていたと思う。思っていた、個人的には。



だから、気付いた時には驚いた。
周りはもう随分と前から気付いていたかもしれない。リリンの感情に察しがいいとは言えない僕でも流石に気付かざるを得なかったくらいなのだから、実際は相当にあからさまだったのだろう。

とにかく、僕はいつのまにか彼女に嫌われてしまったらしい。

一体いつからだったのか。きっかけなんて全然思い浮かばない。けれど最早これは確信に近い。

その結論に至った出来事がまず一つ。

あれは少し前の事だ。
シンジ君や鈴原君と話をしている時、ふと振り返るとセカンドがこちらを見ていた。
それは特に問題じゃない。何気なく目に入る事だってあるだろう。

けれど、顔が。表情が。
何と形容すればいいのか、凄い事になっていた。失礼な言い方だけれどそうとしか言えない。
怒りと困惑と動揺をぐちゃぐちゃに掻き混ぜたような、どんな場面に出くわしたらその表情になるのか疑問が生まれるような。そんな顔で僕達を見ていた。

今思い返せば目が合っていた気がする。
けれどその時の僕は呑気なもので、セカンドが眺めているのは自分じゃないと思っていた。周りの友人達への視線だと。
僕自身には彼女を怒らせた心当たりが全く無かったものだから、他の誰かが機嫌を損ねるような事をしてその誰かに苛立っているのだろうとのんびり考えていたりした。


けれど、幾ら鈍感な僕でも三度目くらいで疑惑が生まれた。
もしかして彼女が睨み付けているのは僕なんじゃないだろうか、と。

何故かというと、他の人と話している時でも不穏な視線に気付いて振り返ればいつでもセカンドがその顔をしていたからだった。
大して喋った事のないクラスメイトの時も、通行人に道を聞かれた時も。
相手がどれだけ変わろうと、彼女はいつでも僕をじっと睨み付けるように見ていた。


そして、極めつけはこれだ。
はっきり言って殲滅されかけた。

視線の標的が自分だと気付いた僕は、これは宜しくないと早急に関係の修復を試みた。
とにかくこちらには敵意はないんだとわかって貰おうと。僕はリリンに対して友好的である、そう証明しようと思ったのだ。

話し掛ければ意外な事に、セカンドは実に感じよく応じてくれた。
時には雑談の中で笑ってみせたりまでしたものだから。だから僕は、やっぱりあの視線の矛先は自分ではなかったようだと思い直してほっとした。
あの表情がどんな感情を携えたものなのかすらあまり理解出来ていなかったから、救われる想いだったというのに。

やはり彼女は僕を嫌っていた。
そして、とうとう直接的な手段をとる事にしたのだろう。

楽しく会話をしている最中、不意にセカンドが言った。

「ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだい?」

もじもじと頬を赤らめながらの言葉だったので、油断した。警戒なんて一切していなかった。

「後ろ向いてくれる?」

なんだろう?
そう思いつつも素直に従ってしまったのが大いなる過ちだったと言わざるを得ない。

間抜けなまでにあっさり背中を向けた僕に、セカンドは思い切り体当たりをしてきた。

「ぐっ!!」

そしてそのままがっちりと僕の身体をホールドした彼女は一切の躊躇いなく両手で締め上げてくる。
突然の暴挙に反応出来なかった僕は、ただ身体を真っ二つにせんとばかりに絡み付く腕を解く事もできずに激しい痛みに耐えるしかなかった。

ばきばきと背骨が悲鳴をあげはじめ、僕は運命を悟って目を閉じた。

――殲滅される。一人のリリンの少女に、素手で。

意識を失う直前に解放された僕はその場に崩れ落ちる。おかえりなさいと誰かの声が聞こえた気すらした。

これで暫く大丈夫、と何故か満足そうに頷いたセカンドはそのまま去っていき、その場には無様に膝を折った僕だけが残される。

そして霞む意識で思った。
彼女も自分の中の殺意を押さえようと必死なのかもしれない。

例え命令が下ろうと許せない程使徒を憎んでいるのならば、甘んじて受け止めるしかないだろう。

そして僕はとある決意をした。


***


「何よ、改まって」

不思議そうに首を傾げた彼女に皮肉気に自嘲すると、僕は告げる。

「君の気持ちには気付いているよ」
「……えっ!?」

さも驚いた、という顔をした彼女に肩を竦めるしかない。
流石にあれだけやられれば僕だって気付くに決まっている、そう言うと諦めたように天を仰いだ。

「…正直、気付かれてるとは思ってなかったわ。あんた、こういうのに疎いと思ってた」
「確かに、かなり鈍かったんだろう。つい最近まで何かの間違いだと思っていたし、今でもそうであって欲しいと思っているけどね」

平穏に暮らせるならばそれが一番良かった。
ぼやいた僕に彼女は傷ついたような表情に変わって、きつく拳を握る。
やはり後ろめたいとは思っていてくれたのだろう。それならば少しは救われる気がした。

「だけど、もういいんだ」
「いいって……何が?」
「君の想いを受け止める事に決めたよ。だから遠慮なんてしなくていい」

決意を込めて言うと、セカンドは一瞬呆けた直後にキラキラと瞳を輝かせた。
そこまで喜ばれると傷つくな、と苦笑いを洩らす。

「ほ、ホントにいいの?」
「構わないよ」
「ずっと我慢してたの。こんな気持ちおかしいって」
「おかしくはないさ。自然な事だ」

だって僕は使徒なのだ。リリンから嫌悪感を抱かれるのは当然と言えるだろう。

「正面からでもいい?」
「君の好きにするといい」
「……こんな日が来るとは思わなかった」
「……僕もだよ」

まさかたった一人の少女に殺される日が来るとは。
目を瞑って最後の瞬間を待ち侘びる僕に、彼女はそっと身を寄せた。
どうにも素手で手を下したがるらしかった。勇ましいにも程がある。流石は人類の命を背負って戦ったエヴァパイロット。

心の中で賞賛を送っていると彼女はゆっくりと背中に手を回す。まるで僕に抱きつくような形になってから、予想外な事を言い出した。

「……私、あんたの事可愛くて仕方ないの」
「……え?」

思わずぱちりと目を開けて、身体に縋りつく彼女を覗き込む。
そこには頬を染めたセカンドがいたので眉を顰めた。彼女は一体何を言ってるんだろう?

「好きかどうかはわかんない。付き合いたいとかそんなんじゃないの!」
「う、うん。……うん?」
「でも凄く愛おしい」

堪らないとでもいうかのように胸に頬を寄せる彼女に困ってしまった。
僕は今、セカンドに愛の告白をされているんだろうか?

「……セカンド、僕は」
「我慢しなきゃって何度も思ったわ!でもついあんたの事見ちゃって…バレないようにわざと不機嫌な顔したりして、私、変な顔してなかった?」
「………変な顔…?」

は、していた。
なるほど、あれは好意とわざと不機嫌に歪めた顔が融合した表情だったのか。
どこか意識が飛びつつもぼんやり考える。

「私の事、好きになってくれなくてもいい。でも、たまにでいいから抱き締めさせて」
「………それだけかい?」
「それだけでいいの。あんたが可愛くて可愛くてどうしようもないの。ぐちゃぐちゃに甘やかして、どろどろに溶かしてやりたい」

ぐちゃぐちゃって。
それはやっぱり殺意じゃないんだろうか。
そうは思っても僕を抱き締める女の子はただ熱に浮かされた表情で僕を見上げるだけで、殺したがっているようには見えなかった。

「ねぇ、おもいっきり抱き締めてもいい?」

完璧に戸惑ってしまった僕は勢いに流されてぼんやりと頷いてしまう。
セカンドは破顔して、ぎゅっと力を込めて僕を抱き締めた。

ぎゅっと、というか。

ぎりぎりと、の間違いだった。

「……うっ!せ、セカ……」
「夢みたい!」

嬉しそうな声色と裏腹に凶暴な両腕は僕を締め上げる。
抱き締めるじゃなくて、絞め殺す勢いで。彼女は言葉の使い方を間違っている。恐らく。

「………っ!……っっ!!」
「私今、幸せで死んじゃいそう」

死にそうなのはどちらかと言うと僕の方だ。あばら骨が不気味な音を立てて沈黙する。僕はもう、声もない。





数分かけて僕を半死に追い込んだ少女は、死相の浮かんだ僕に恥ずかしそうに「ありがとう」と一言囁くと軽い足取りで去っていった。
多分、何本か骨が折れている。荒い呼吸をしながら僕は呟くしかない。

「……僕には、リリンがわからないよ……」

殊更女の子は難しいらしい。それともセカンドが特別なのか。比較対照がないだけになんとも言い難い。リリンの一般男性はどうやって女性からの求婚に耐えているのだろう。
愛おしい?背骨を折りたいの間違いじゃないだろうか。


嫌われていた訳じゃないだけマシと想うべきか否か。使徒の僕はリリンからの愛に耐えられる気がまるでしなくて途方に暮れた。

リリンの世界には色んな愛し方があるんだなあ、と最早感心すら覚える始末。彼女の愛し方が一般的とは思いたくない。この世界に馴染む自信を失ってしまう。

拘束されていた背骨が軋む。締め付けられていた肺は呼吸する度に痛みを訴えてくる。

けれど。
スキップ混じりに駆けて行く背中に何だか満たされて。

ああ確かに、背骨を折りたい程愛おしい、と思った。





***


049.愛しい背中

素直にお題を消化しろよ私。



160213.

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