陸の夢

□家族との日々は続いて
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「紅才華と言います。父様、母様、これから宜しくお願いします」
そう言って頭を下げた才華は、見た目だけ見ればどこにでもいる普通の子供だった。邵可は微笑みを浮かべた。
「宜しくね、才華。敬語は無しで良いよ。私たちは親子になるんだから」
「はい、父様」
才華は顔を上げて、父親の目を見つめた。邵可はその真剣な眼差しに、少したじろいだ。
「ど、どうしたの?」
「父様がどんな人か、気になったの。それだけ」
才華はそう言うと、邵可を置いてさっさと歩き出した。その先には薔君が居る。
「初めまして、母様」
「うむ、初めましてじゃの」
才華は薔君に対しても、邵可にしたのと同じように目を見詰めた。真っ直ぐに、真剣に。
「なんじゃ、妾の目に何かあるのか」
「え? ……ううん、何も無いのが一番だから」
「どういう意味だい、それ」
才華は後ろからかかった声に振り返ると、ふわりと微笑んだ。
「……ねえ、父様は前世って言って信じるかしら?」
「………………は?」
「信じないのね。父様に疑われるのは嫌だから、私もこの話はしない事にするわ」
「いやちょっと待って、え?」
邵可は慌てた。確かに信じられない話ではあったが───
「大丈夫だよ、信じてあげるから話してごらん?」
「嘘つきね、父様」
才華はクスクスと笑った。
「そんな『疑念』で一杯の目をして言っても、説得力が無いわよ」
邵可は凍りついた。……ここまであっさりと自分の嘘を見抜く子供がいるとは思わなかった。薔君が邵可の背を蹴飛ばした。
「こりゃ、そこのトンマ。何をやっとんのじゃ。可愛い娘の言うことも信じられんとは、お主は父親失格じゃぞ」
「ええっ?! だって普通前世なんていきなり言われても信じられないだろう!」
「いや、有るのじゃ。たまに。妾も百年ぶりくらいに見たが」
「あれ、そうなの? 私だけじゃ無いんだ」
「うむ。それで才華の前世はどんな動物じゃったんじゃ」
「動物? ……ああ、まあある意味動物よね、人間も」
「人間とはまた珍しい記憶を持っておるな、お主も」
「えー、そう? そんなに珍しいかな?」
「人間で記憶を持ったまま転生するという例は、妾も聞いたことがないからの」
「そうなんだ。じゃあやっぱり、私みたいな人は居ないのね」
邵可はなんだか自分だけ置いてきぼりにされているような気がした。じとっと才華と薔君を見て、ぶちぶちと呟く。
「……二人だけ仲良くなって、ズルいじゃないか。私は仲間外れかい?」
才華は邵可の言葉にハッとした。慌てて手を振って否定する。
「そんなこと無いわよ、父様。私はただ、父様に頭のおかしな子だって思われたく無かっただけなの」
「思わないよ。……むしろ君は、年の割にはかなりしっかりしてると思う」
才華は邵可の誉め言葉に、そりゃそうだろう、中身はこれより年上なんだからと思った。しかしそれを顔には出さない。あくまでも可愛い子供を装って、笑う。
「そう? えへへ、そうかなー。私ね、『お父さん』に誉められたのは初めて。昔は居なかったから」
薔君と邵可が目を細めた。才華はそれには気付かずに続ける。
「こんな大きなお邸も知らなかった。もっとずっと小さな家で、『お母さん』と二人で暮らしてた。生きる事に精一杯だった。……『お父さん』が居ないせいで、私は他の子供によく苛められた。そのせいかしら。人の負の感情が分かるようになった。完璧じゃないけど。さっき父様の嘘を見抜けたのも、それのおかげ。結構助かってるわ」
才華は俯いた。
「死んだ時の事は、……覚えてない。 あんまり考えたくない事なのは確か。『何も無いのが一番』っていうのは要するにそういうこと。負の感情なんて、無い方が良いに決まってるでしょ?」
嘘だ。死んだときのことどころか、その原因までしっかりと覚えている。だが、それはここで言うことではないし、二人に言うつもりもなかった。薔君が才華の頭を撫でる。
「お主は子供らしくはないな、確かに。だが、そのままでいい。ただ、嘘で笑うようなことはするな」
顔を上げる。薔君は真っ直ぐな視線を向けてきた。少したじろぐ。
「のう、才華。お主は以前、何年ほど生きた?」
「十七年.......」
「ならば妾たちの方が年上じゃ。好きなだけ頼れ」
「.......でも」
「何を遠慮しておる。お主は妾たちの娘じゃろう」
「だって、いつか、本当の娘さんが生まれるでしょう?」
「.......いや、生まれぬ。奇跡でも起こらぬ限り」
「..............え」
才華は目を見開いた。傍目にも仲の良い夫婦。子供が出来ないなんて。そう言いかけて、人には事情があるものだと思いとどまる。奇跡が起きて子供ができるまで。それまでなら、ここに、居てもいいということだ。才華はそう思った。


それからしばらくして。才華は邵可の膝の上で、薔君の二胡を聞いていた。
「これ、"薔薇姫"?」
「そうじゃの。不思議な力を持った姫の話じゃ」
「お伽噺だけど、なんだか本当にありそうな話よね。……しかしこの男って、幾重にも張り巡らされた垣根を飛び越える時点で普通の人とは言えないわね。しかも絶対帰りも薔薇姫を連れて同じ事した筈だし、少なくとも身体能力には優れてたんじゃない? 人知れぬ場所を見つけてるくらいだし、そんなにお姫様に会いたかったのかしら」
「……これはお伽噺じゃからの。そんな理路整然と考えるものではないぞ」
「嘘。母様全然そんな風に思ってないでしょ。だってさっき母様は百年って軽く言ったわよね。父様も長年旅に出てた。……もしかして薔薇姫のお伽噺は、母様と父様のお話なんじゃない?」
薔君は目を瞠った。ややあって、面白そうに瞳を光らせる。
「……ふむ。では、『主』は誰じゃと思う?」
「誰かは分からないけど、どこの家の人かは想像がつくわ。多分縹家。不思議な力で栄えたっていったら、真っ 先に思い浮かぶ家よね」
「そうじゃな。縹家先代当主、"奇跡の子"及び縹家現当主、縹璃桜。その二人じゃ」
「……二人も居たんだ、そんな馬鹿」
「確かに馬鹿じゃったの。しかし邵可も同じくらいの馬鹿ではあったぞ。……才華。薔薇姫の鎖を解くために世界を犠牲にする必要があるとしたら、そなたならどうする?」
才華は薔君を見て、少し考えた。それから、自分の答えを出した。
「……鎖を解いても世界が壊れない方法を探しに、また旅に出るわ。誰にも見つけられなかったお姫様を見つけたなら、世界を壊さない方法もあるかもしれない。お姫様と世界を引き換えには出来ない。じゃあ引き換えにしなければ良いんでしょ」
邵可と薔君は、文字通り呆気にとられた。そんな方法は無い、とは言わない。確かにあった。しかし。
「見つけられると思うのか。何千年も生きた薔薇姫ですら、想像出来ぬような方法が」
「だってお姫様はずっと幽閉されてたんでしょ。その間外の事は何一つ分からなかった。だったらお姫様も知らないような方法があったって、おかしくないんじゃない? ……というか、実際にあったから母様はここにいるんでしょ」
邵可は慌てて口を挟んだ。実際に見ても居ない少女にここまで言い当てられると、なんだか自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「……いやでも、それは縹家にあったんだよ? お姫様を捕らえて利用している家に、真っ正直にお姫様を助ける為の方法を聞きにいくの?」
「そういう時は、主を避けて周囲から探っていくのよ。どっかに一人くらいはお姫様を助けるのに協力してくれる人が居るかもしれないし」
確かに居た。縹璃桜に執着する姉、瑠花が。邵可は誤魔化すようにハハハと笑った。薔君がニヤリと笑んだ。
「才華が娘で良かったのお、邵可。そなたなんぞよりよほど頼りがいがあるわ。これで男じゃったら、妾も乗り換えたやもしれんぞ?」
「ちょっと冗談にならないから止めてくれ。……でも本当に十歳とは思えないね、才華は」
「年相応の子供なんて、元から紅家には居ないじゃないの。……それとも父様の子供の頃はそうだったの?」
「……いいや」
邵可は苦笑した。
「そうだね、私の子供の頃と比べたら、君はまだ子供らしい方じゃないかな」
「ちょっと本当に何してたのよ父様」
「あはは、まあ気にしないで」
「凄く気になるんだけど」
「では妾が教えてやろう。実は邵可はとある女性の若いツバメとして教育されて」
「師匠と弟子だって言ったろう! というかいつまで引っ張るんだいその話!」
そしてぎゃーすかと喧嘩を始めた二人に、才華はとても楽しそうに笑った。
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