お話

□優しい温もり
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『帰ってくるまで待ってるから、日曜日うちに来ない?』
いつになく声のトーンが落ちていた

映画の撮影中
携帯に残された履歴にいつもは感じない違和感を覚えた
空き時間をみつけてかけてみる
少し間があって最初の言葉

「いいけど‥遅いよ」
『うん』
「何かあった?」
『ナレーション録りした』
「そっか」
出番を呼ばれて会話はそこで終わった


日曜日
生放送の時間はやはり撮影をしていてゆっくりと見ることはできなかった
休憩時間にテレビをつけると
犯人の着ていた服に手をかけているところだった
その顔には人形のように表情がない
余計な事は考えないようにしているのか
優しい声が余計に辛い
「つよポン頑張れ」

撮影を終えて約束通り彼の家へと帰った
合鍵で中に入ると部屋の中は真っ暗で
その暗さが彼の気持ちのようで
今すぐ抱きしめてあげないとその闇に連れて行かれそうで
自分が泣きたくなった
神様、彼を連れて行かないで‥
「つよポン!どこ!」
ドカドカと音を立てて部屋に入る
ソファで膝を抱えていた彼は俺を見ると両手を広げた
『慎吾』
「ただいま」
間抜けな言葉しか出てこない
でも、その広げた両手に飛び込みしっかりと抱きしめた
俺の背中に回る腕
肩にぶつかる頭
「辛かったよね」
『慎吾はどこにもいかない?』
「いかないよ」
『いなくならない?』
「いなくなんかならない」
力を込めて抱きしめる
『大事な人がいなくなるなんて‥ナレーション録りの後、慎吾がもしなんて考えたら、今日が怖かった』
「うん」
フワフワの髪を優しく撫でてもう一度抱きしめ直した
『犯人を見つけ出して殺してしまうかもしれない‥それでも帰ってこないんだよ』
「つよポン‥」
『明日から慎吾がいないなんて』
「大丈夫、俺はいるよ」
『いる?』
「戻っておいで、もう仕事は終わったよ」
彼は現実と殺人の世界の間にいる
ドラマの人物と同じようにその世界に行ってしまっていた
「優しいいい声だったよ」
『本当?』
「本当、草なぎ剛の声だった」
彼の耳元に唇を寄せて名前を呼ぶ
『慎吾』
ため息のように名前を呼ばれて頭が離れ俺を見つめた
「おかえりつよポン」
見つめ合い触れ合うように優しく重なる

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