あらがうもの
□家族の再会・後編
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〜レギュラス視点・続き〜
シリウスと家の今後について話したと告げただけで取り乱すヴァルブルガに、当主の座をシリウスに譲ったと報告したらどうなるか。
肖像画は本人とは別物とはいえ、激昂した母親から「おまえは私の息子ではない」と言われるのかと思うと気が重い。
それにしても、とレギュラスは違う方向に思考を逸らした。
気性の激しい母はカッとなって息子にきつい言葉を吐くことが度々あったけど、シリウスがそれを根に持ってあんなことを言うなんて思ってもみなかった。思い出すだけで腹立たしい。
壁に設置されたガスランプがぼんやりと明かりを投げかける細長い玄関ホールを歩きつつ、レギュラスはシリウスとの話し合いを再び振り返った。
───
──────
「お前はどうしてそんなに俺を当主にしたがるんだ?」
前髪を掻き上げたシリウスはうんざりした様子で問いかけてきた。
「俺は当主になんかならないぞ」「私は公の場に出られませんから、家督を継げるのはシリウスしかいないのですよ」「お前がいるだろ、お前が。実は生きてましたって世間に公表しちまえ」「私をアズカバン送りにしたいのですか」「……お前は当時学生だったとはいえ、死喰い人になった罪は何らかの形で償わないといけない」「罰として吸魂鬼のキスを執行されろと」「そこまで言ってねえよ!」「誤解を生む発言を撤回したいと思っているなら、当主になってください」「俺が悪いこと言ったような流れに持っていくな」と、問答を繰り返すのに疲れたようだ。
「クリーチャーを守るためです」
「はあ? 俺がその老いぼれを大事にすると本気で思っているのか?」
「できるだけ大事にしてほしいと思っていますがね。シリウスがクリーチャーに偏見を抱いていることは、嫌と言うほど知っています。それでも──」
シリウスにクリーチャーを任せなければいけない事情があるのです。
と言いかけたのだが、シリウスはレギュラスの話を遮って反論してきた。
「偏見を抱いているのは、この老いぼれのほうだ。こいつはずっと前から、腐った嫌なやつだった」
「クリーチャーが純血主義者のような発言をするのは、母上や父上の言動を真似ているからです。彼はマグルやマグル生まれを心底憎んでいるわけではありません」
少し考えればわかることなのに、シリウスは面食らったような顔をしている。
ブラック家を憎む気持ちで凝り固まった兄は、実家に仕える屋敷しもべ妖精も悪だと頭から決めつけていたようだ。
「真似しているうちに、骨の髄まで純血主義に染まったんだ。その証拠にクリーチャーは俺のことを、アズカバン帰りだとか恩知らずの卑劣漢だとか罵るんだぞ。そんなやつを大事にできるか」
「クリーチャーは亡き母上に今も忠誠を尽くしているのですよ。母上を苦しめたシリウスが家に戻ってきたら、多少の文句を言いたくなるでしょう」
「母親が苦しんだだと? 馬鹿を言うな。あの女に心などなかった。母は怨念だけで生き続けた」
目の前にいるこの男はいま何と言った?
氷水を浴びせらせたように青ざめたレギュラスは、反射的に左手で右手首を強く掴んだ。体が震えるほどの怒りに身を任せたら、シリウスに呪いをかけていただろう。
「──母上に心がなかったなんて、そんなことを言う人間のほうが冷酷ですよ」
「お優しい母上は俺に向かって、こんなやつは自分の息子じゃないと言ったんだぞ。母は己の思い通りに動く息子が欲しかったんだ。自分の子供を操り人形同然にしようとする女のどこに心があるって言うんだ!」
癇癪を起こした幼子のように喚くシリウスを見たせいか、レギュラスは冷静さを取り戻して溜息をついた。
操り人形だなんて大げさな。
振りでもいいからシリウスが純血主義を受け入れていれば、母は躍起になって長男を矯正しようとしなかったはずだ。
干渉されることを嫌うシリウスからすれば、ヴァルブルガの執念じみた言動は狂気としてしか映らなかったのかもしれない。