あらがうもの

□家族の再会・後編
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〜レギュラス視点・続き〜



「母上、お話があります」


深呼吸をしてからレギュラスが呼びかけると、虫食いだらけのビロードのカーテンが左右に開いた。

肖像画のヴァルブルガは病のせいで黄ばんだ顔に期待に満ちた笑みを浮かべながら、「どうしましたか、レギュラス」と言葉を返した。

これはまずい。
どうやら母は方向違いの思い込みを──シリウスと直に会ったことで、レギュラスがブラック家の真の当主として表に出る決意を固めたとか──してしまったようだ。


「僕は先ほどシリウスと直接会って、ブラック家の今後について話をしました」


レギュラスが慎重に言葉を選びながら本題に入ると、上機嫌だった母の表情が一気に険しくなる。


「レギュラス、おまえはブラック家の当主なのですよ。忌々しい血を裏切る者と、家の今後について話すなんて言語道断です」

「たしかにシリウスは血を裏切りましたが、ブラック家の直系男子の最後の1人はシリウスだと皆が認識して──」


レギュラスが最後まで言い終わらないうちに、ヴァルブルガが強い口調で遮った。


「ブラック家の家系図には血を裏切る者の名前など載っていません! レギュラスが生きていることを知れば、純血名家の者はレギュラス・ブラックがこの家の当主だと認めるでしょう」

「以前にもお話しましたが、僕は当分の間自分の生存を公表するつもりはありません」

「魔法省や世間の糾弾を気にしているのですか? レギュラスのお祖父様たちはお亡くなりになる前に、魔法省の関係施設にブラック家名義で10年間寄付を行う手続きをしてくださいました。更に寄付をするとほのめかせば、魔法省の役人はおまえをアズカバン送りになどできませんよ」


レギュラスは慎重を期すため、死喰い人から寝返った自分が生きていることを親族に知らせなかったが(母にも固く口止めをしておいた)、老獪な祖父達の目は誤魔化せなかったようだ。
というより、ヴァルブルガが夫と跡継ぎを立て続けに喪っても乱心しなかったから、彼女の感情の振れ幅の大きさを昔からよく知っている彼らは、直感で不審に思ったのかもしれない。

祖父達が多額の寄付を行ったのは身を隠しているレギュラスのためだけでなく、社会復帰したシリウスを支援する意味合いも少しは含まれていたと思う。
彼らにとってシリウスは、家系図から追放されても孫であることに変わりないのだから。

シリウスは祖父に対してまったく恩義を感じていないようだが。シリウスが魔法大臣と直接交渉することができたのは、祖父達が生前に便宜を図ってくれたおかげなのに。

祖父から受けた恩を踏みにじっているのは、レギュラスも同じだけど。
一度は純血主義を受け入れてそれを守り継ぐと決めた自分のほうが、シリウスより質が悪いかもしれない。

罪悪感に流されそうになる心を意図的に閉ざしてから、レギュラスは「母上」と呼びかけた。


「僕の左腕に刻まれた闇の印が濃くなっています。そう遠くない内に、例のあの人は復活するでしょう」


肖像画のヴァルブルガはわずかに顔をひきつらせた。喜んでいないことは見ればわかる。

生前の母は魔法族の浄化の必要性を唱えた例のあの人の考え方に賛同していたが、ブラック家の跡継ぎであるレギュラスを殺す命令を下した例のあの人を、以前ほど信用できなくなったようだ。


「……闇の帝王は昔の同胞を集めることを最優先にするはずです。刑罰を逃れた死喰い人達と共にレギュラスも闇の帝王の下に馳せ参じて、かつて脱走したことを謝罪して忠実に仕えることを示せば──あるいは──」


それでも闇の陣営に戻れと勧めてくるのは、例のあの人の恐ろしさをヴァルブルガもよく知っているからだろう。

本人の記憶を絵という形で留めた肖像画はモデルの人物を半分も代弁できないから、母が生きていたら同じことを言うとは限らないが。


「僕は昔のように例のあの人に仕えることはできません。例のあの人の重大な秘密を知ったことを悟られたら、言い訳すら許されずに殺されるでしょう」


骨ばった手を揉み合せたヴァルブルガは何か言いたそうにしていたけど、深く嘆息して手を振った。その動きに合わせて、ビロードのカーテンが閉じて母の肖像画を覆い隠した。
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