あらがうもの
□移動キー
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インクを流したような漆黒の夜空が薄れ、群青色に変わってきた頃。
午前2時半頃に家を出てから歩き通しだったディゴリー親子はようやく、目的地のストーツヘッド・ヒルに到着した。この一際高い丘のてっぺんに、移動キーが設置されている。
夜明け前にマグルがこんな場所に来ないという理由で、ここが設置ポイントとして選ばれたのだろう。マグルに見つからずに大勢の魔法使いをワールドカップ会場に移動させる計画は、組織的な大問題だったことは父や祖父から聞いているけど、できればもう少し低い丘のほうがよかった。
上がった息を整えたフィービーは、起き抜けに重労働を強いられて悲鳴をあげている足に鞭打って、ストーツヘッド・ヒルを登りはじめた。
「さあ……セド、フィービー、移動キーを探して。そんなに……大きいものじゃない」
最後に丘の頂に到着したエイモスは、肩で息をしながら呼びかけた。
「バジルも移動キーを探すのを手伝ってよ。猫なら夜目が利くでしょう?」
フィービーはしゃがんで、背負っていた猫用リュックサックを地面に降ろして開けた。
「いくら夜目が利いても、捜索範囲が広いとお手上げですよ」
ぼやきながらも、バジルはリュックサックの中から飛び出した。
校庭くらいの広さがありそうな丘を捜索して、数分が経過しただろうか。
それほど遠くないところから、アーサーさんと思しき声が聞こえた。ウィーズリー家の一行が到着したようだ。
「ここだ、アーサー! 息子や、娘や、こっちだ。見つけたぞ!」
しんとした空気を破ったのはエイモスの大声だった。
セドリックとフィービーが駆け寄ると、父親はカビだらけの古いブーツを左手にぶらさげていた。
映画でも同じようなものが移動キーになっていたなと思っていたら、バジルが前脚でフィービーの足を叩いてきた。
フィービーが再び猫用リュックサックを降ろしてバジルがその中に入ると、笑顔を広げたアーサーさんが大股で近づいてきた。
「エイモス!」
「アーサー、ずいぶん歩いたかい?」
「いや、まあまあだ。村のすぐむこう側に住んでいるからね。そっちは?」
「朝の2時起きだよ。いや……愚痴は言うまい……クィディッチ・ワールドカップだ。たとえガリオン金貨1袋やるからと言われたって、それで見逃せるものじゃない──最上階貴賓席の切符を押し売りされるとは、夢にも思っていなかったがね」
エイモスの皮肉を受けて、アーサーさんは「ははは……」と乾いた笑い声をあげた。
「おはよう」
フィービーがあいさつをすると、フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、ハリー、ハーマイオニーは揃って「おはよう」と返した。
みんなを見渡して「やあ」とあいさつをしたセドリックは、驚いたように問いかけた。
「ハリーも一緒に来たのかい?」
「僕は昨夜、隠れ穴に泊まったんだ。向こうでシリウスやリーマスと合流する予定だよ」
「おはよう、ポッター君。セドが去年、君と対戦したことを詳しく話してくれたよ」
アーサーさんと話していたエイモスが、いきなり口を挟んだ。
「私は息子にこう言ったね、こう言った──セド、そりゃ、孫子にまで語り伝えることだ。そうだとも……おまえはハリー・ポッターに勝ったんだ!」
エイモスの話を無言で聞いていたハリーは、なんと答えてよいやらわからないといった面持ちをしていた。
フレッドとジョージは顔をしかめた。先学期のクィディッチ開幕戦で、セドリックがグリフィンドール・チームを打ち負かしたことを、彼らはいまだに許しきれていないようだ。