あらがうもの
□リドルの館
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レギュラスは、マグルのおじいさんがどうなってもいいと思っているのだろうか。
彼と自分の考え方の違いを再認識しながら、フィービーは黒猫を見つめた。前脚を揃えて座る姿は、すらりとしている。
「校長先生はどうやって、マグルのおじいさんを助けるつもりかな?」
バジルはふいと顔を背けて、考えるように間を置いてから言葉を返す。
「変装した騎士団員が庭番のマグルと接触を図り、あの屋敷に近づくことをためらうような偽の記憶を植えつける……といったところでしょうか」
リドルの屋敷の近辺に騎士団員が出没したことを、ペティグリューかクラウチ・ジュニアに勘付かれたら、例のあの人はすぐさま姿をくらますだろう。
ダンブルドア校長は例のあの人の尻尾をつかむために、マグルのおじいさんの危機を見過ごすかもしれない。
映画で炎のゴブレットからハリーの名前が出てきたとき、ダンブルドア校長は事の真相を見抜くために、ハリーをおとりにすることをためらわなかった。
ダメだ。夜の闇に気持ちが引きずられているせいか、よくない考えばかり浮かんでくる。
フィービーはマイナス思考を振り払うように、わざと本題から逸れた疑問を投げかける。
「屋敷に近づくのをためらうような偽の記憶って、いったいどんなの?」
「今は真夜中ですけど、聞きたいですか?」
ゆっくりとこちらを向いたバジルの両眼が怪しく光った。
それを目撃したフィービーは早口で、「遠慮しとく」と答えた。過去のレギュラスが例のあの人関連の新聞記事で、猟奇的なコラージュを作っていたことを唐突に思い出したからだ。
「そろそろ寝なさい。どうしても眠れないと言うなら、とっておきの魔法をかけて差し上げますよ」
「とっておきって言葉に、嫌な予感がビシバシする」
ベッドからおりたフィービーは、机の引き出しを開けた。
去年のクリスマスにセドリックが贈ってくれた、魔法のボタニカルキャンドルを取り出す。ぐっすり眠れるアロマの魔法効果に加えて、火を灯すとロウの中に埋め込まれた植物が風に吹かれたように動く、実用性と見た目の美しさを兼ねた品だ。
にしても、気のせいだろうか。前回使ったときより、芯の周りのロウが溶けているように見える。家族がフィービーに黙って、このキャンドルを勝手に使うとは思えない。
まさかと思ったフィービーは、机から飛びおりたバジルを振り返った。
「──ねえ、バジル」
「何ですか?」
月光が届かない闇の中から返ってきたバジルの声は、いつもと変わらない。それがかえって不気味だった。
用心のために朝まで起きていようかと思ったけど、やめた。
レギュラスが本気で忘却術を使おうと決意したなら、フィービーはとっくに聖マンゴ病院送りになっていたはずだ。
「なんでもない」
そう言ってから、杖なしでも火がつく芯の根元を強く摘んで灯りを点す。
円筒形のキャンドルにぎっしり閉じこめられた薄紅色の花びらが、乳白色のロウの表面でゆるやかに踊る。夢で見た桜の花吹雪みたいだ。幻想的でどこか懐かしい。
優しい香りに包まれたフィービーは、数分もしないうちに眠気をおぼえた。
フィービーは火を消してから「おやすみ、バジル」と呟き、再びベッドにもぐりこむ。
心地よい眠りに落ちる寸前に、レギュラスの静かな声が聞こえたような気がした。