あらがうもの
□逆転時計
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フィービーとレギュラスが立っていたのは、海から高く突き出た岩の上だった。
振り返った先には、見上げるような崖があった。泡立ち渦巻く波間から、のっぺりとした岩肌を見せて黒々とそそり立っている。
周囲の岩場には、厳しさを和らげる草木や砂地さえない。荒涼たる風景だ。無数の星が光り、月が輝く夜空だけが、悲しいほど綺麗だった。
「落ちついた?」
フィービーの問いかけに答えず、レギュラスは無言で震えながらすがりついてくる。彼の水嫌いは、黒猫に変身しているときに限った話ではなかったようだ。
「洞窟の中に姿現わしをすればよかったのに」
「……闇の帝王は分霊箱を隠すため、ありとあらゆる仕掛けを打ったのです。魔法使いや魔女は姿現わしや姿くらましを使って、洞窟から出入りすることはできません」
レギュラスの震え声は真剣そのものだけど、フィービーの首に抱きついた格好では、どうにも緊張感に欠ける。
「だとしたら、クリーチャーはどうやって洞窟から脱出したの? 例のあの人の命令で毒薬を飲まされて、弱っていたはずだよね?」
「闇の帝王から言いつけられた用事を済ませたあとで帰ってくるようにと、私が前もって命じておいたので、クリーチャーは姿くらましで脱出できたのです」
「でも、姿現わしや姿くらましを使って、洞窟から出入りすることはできないって……」
「闇の帝王は、屋敷しもべ妖精を取るに足りぬ存在と見なしていました。彼らが自分の知らない魔力を持っているとは、思いもしなかったのでしょう」
魔法界を恐怖と混沌に陥れた例のあの人にしては、詰めが甘いことだ。屋敷しもべ妖精を軽視する傾向は、魔法族全体に言えるけど。
S.P.E.Wを推進するハーマイオニーが聞いたら、“例のあの人も屋敷しもべ妖精に関して無知だった”と銘打った、啓発キャンペーンを展開しそうだと思った。
ようやく腕を離したレギュラスは、マントの内ポケットを探りはじめた。彼は取り出した革製の巾着袋を開けて、肘まで突っこんでいる。巾着袋に検知不可能拡大呪文をかけて、色んなものが入るようにしたのだろう。
「……それは何?」
「水中でも使える猫用リュックサックです」
レギュラスが取り出したのは、銀に輝く金属製の大きな卵に、肩ベルトが2つ付いた代物だった。言われないと、猫用リュックサックだとは到底思えない。
こんな斬新すぎるアイテムが、店で売られているとは考えづらい。レギュラスが自作したのだろうか。彼の防水対策が必死過ぎて、涙が出そうだ。
彼がフィービーを時間旅行に同行させたのは、逆転時計の見張り係にするためではなく、舟代わりにするためだったのではないかと思えてならなかった。
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家族旅行で行った、フォークストンのビーチで泳いだときとは大違いだ。
フィービーはそう思いながら、エイモスから習った平泳ぎで崖の割れ目を目指していた。予想以上に海水は冷たく、うねるような黒い波が押し寄せてくる。
レギュラスが泡頭呪文をかけてくれたおかげで、頭部をすっぽり覆う泡で新鮮な空気を確保できるため、息継ぎの心配はせずに済んだ。
それでも、フィービーは何度も沈みかけた。水を吸った服が体に巻きついて、重くなったせいだ。
崖の割れ目のすぐ奥は、暗いトンネルになっていた。両壁の感覚は1メートルほどしかない。少し入りこむとトンネルは左に折れ、崖のずっと奥まで伸びている。
歩けそうな場所を見つけたフィービーは、水から上がった。ずぶ濡れで震えながら、大きな洞穴に続く階段を這いのぼる。
洞穴の真ん中にたどり着いたフィービーは、背負っていた奇妙なリュックサックをおろして、比較的平らな岩の上に置く。
フィービーが自分の杖で卵型のリュックサックを軽く叩くと、表面に穴が開いた。
頭だけ出したバジルは、耳とひげで用心深く、冷たい静寂に支配された周囲を確認している。