あらがうもの

□逆転時計
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「小舟に乗って、向こう岸に戻りますよ」

「クリーチャーの付き添い姿くらましで、連れて行ってもらえばいいんじゃない?」


老いた屋敷しもべ妖精は意識のないレギュラスの介抱をしながら、会話を聞いていたらしい。この図々しい小娘は何者だ、と言いたそうな目で、フィービーを睨みつけてきた。


「彼に頼みたいのは山々ですが、小舟は元の場所に戻しておいたほうがいいと思います。闇の帝王が分霊箱の無事を確認しに行く事態になった場合、少しでも時間を稼げたほうがいいでしょう」

「わかった。それじゃ、レギュラスたちは向こう岸で待っていて」


亡者が潜む湖をひとりで渡るのは気が進まないけど、自分が舟に乗るしかない。

レギュラスは亡者によって湖に引きずりこまれたことが原因で、極度の水嫌いになったのだろうから。


「未成年のフィービーの魔法力だけでは、舟は動かない仕掛けになっていると思います。闇の帝王は、まさか14歳の魔女がここにやってくるとは夢にも思わないでしょう」


レギュラスの言うとおり、フィービーが乗っても小舟は動かなかった。

それより、この小舟はどう見ても1人用だ。2人で乗れるだろうか。フィービーは不安に思いながら、水際まで追ってきた亡者がレギュラスの炎に撹乱されて、暗い水の中へと滑り落ちていくのを見た。

レギュラスは杖を掲げて、小舟を取り囲む炎の輪を維持しながら、おそるおそる水辺に近づく。彼がそーっと乗りこむなり、小舟はすぐに小島を離れた。

ゆっくり座る間がなかったからか、小舟に乗る前から足元がおぼつかなかったせいか。腰を浮かせていたレギュラスがバランスを崩した。

顔から血の気が引いたフィービーが反射的に立ち上がって、レギュラスを支えようとしたら。舟の縁にしがみついた彼から、悲鳴に近い抗議が飛んだ。


「ゆ、揺らさないでください!」


先に揺らしたのはそっちだと言いたかったけど、フィービーは足を踏ん張って小舟のバランスを取るほうを優先させた。

舟の中に座りこんだレギュラスは、灰色の目を怒りでぎらつかせながら、杖を持っていないほうの手で自分の太ももを叩いた。

ここに座りなさい。
いや、それはちょっと……。
黒猫に変身した私を、平気で膝の上に乗せてきたでしょう。
それとこれとは訳が違う気がする。
私の指示に従わないと、フィービーが一番大切にしているものをぶち壊しますよ?

表情と視線のみでかわされた会話で負けたフィービーは、レギュラスの太ももの上に座った。

それだけでも落ちつかないのに、レギュラスは後ろから、フィービーをきつく抱きしめてくる。

小舟の中でフィービーが再び動くのを、阻止しよう思ったのか。大グモの巣に入ったロンのように、いっぱいいっぱいになっているのか。何にせよ。


「……苦しいんだけど」

「我慢しなさい」


切羽詰まったレギュラスの声がすぐ近くで聞こえたとき、フィービーの鼓動が大きな音を立てた。その上、顔に徐々に熱が集まっている。

何を意識しているのだろう。崖の下の岩場でも同じようなことをされたのに。

フィービーが戸惑っているうちに、軽い衝撃とともに小舟は岸に着いた。その途端、レギュラスの杖を掲げていた手が下がり、小舟を護っていた炎の輪が消えた。しかし、亡者は二度と水から現れはしなかった。

ふらつくレギュラスの手をとって支えながら、フィービーが岸におりたとき。

付き添い姿くらましをして、過去のレギュラスを岸辺に運んだクリーチャーが、馴れ馴れしいと言わんばかりの視線を浴びせてきた。

まさか、舟の中でレギュラスに抱きつかれた姿をクリーチャーに見られたのだろうか。顔から火が出るほど恥ずかしくなったフィービーは、湖を渡ったせいで顔色が悪くなったレギュラスから急いで離れた。
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