あらがうもの

□逆転時計
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気づくと、滑らかな岩でできた小島の上に立っていた。教室程度の広さしかない小島のほとりには、不気味に発光する緑色の小さな舟がとめてあった。


「フィービーは水盆の近くにいてください」


厳しい声を出したレギュラスの指示を受け、フィービーは小島の中心に向かう。

平らな黒い石の上に、台座に置かれた石の水盆がある。

あの水盆の中に分霊箱が隠されていたのかと思う間もなく、フィービーの周りを取り囲むように、緑色の炎が燃えあがった。

例のあの人の罠かと思ったけど、クリーチャーも同じように炎の輪に囲まれているのが見えて、レギュラスが与えた護りだと理解した。

レギュラスが杖をひと振りすると、水飛沫の上がる派手な音がして、何やら大きな青白い塊が水滴と共に降ってきた。

濡れた岩に叩きつけられたのは、十数名の人間──いや、例のあの人の傀儡と化した彼らは、すでに人ではなくなっていた。

水浸しでぼろぼろになった衣類をまとった、老若男女さまざまな亡者の群れの中には、年端もいかない子どもまでいた。虚ろな濁った目で獲物を探し、落ち窪んだ顔に薄笑いを浮かべている。

凄惨な闇を垣間見て、フィービーは両手で口を押さえた。悲鳴をあげるのは堪えたけど、恐怖と吐き気がこみ上げてくる。

レギュラスが杖先から噴出させた炎を投げ縄のように放つと、強い熱と光に怯んだ亡者たちは互いにぶつかりあって逃げまどった。

亡者の群れが落下した岩の上には、全身ずぶ濡れの青年が取り残された。
黒いローブを着ていても、線の細い体格だと見て分かる。黒髪が貼りついた顔は亡者と同じくらい青白く、やつれている。


「レギュラス様!」


クリーチャーは叫びながら、身動きひとつしない年若い主人に駆け寄り、蘇生呪文の類をかけはじめた。

過去のレギュラスの少年っぽさが残る繊細な面立ちを垣間見て、フィービーは頭から冷水をかけられたような気分になった。

彼はセドリックと大して年が違わない。それなのに命を捨てる覚悟で、例のあの人が仕掛けた恐ろしい死の罠に挑んだ。

実際に目の当たりにした今、レギュラスの壮絶な決意に戦慄する。

例のあの人によって、家族の誰かが傷つけられてしまったとき、フィービーは彼と同じことができるだろうか。
亡者を見て怖気づくような自分には、分霊箱を護衛する亡者の1人になってでも、例のあの人に一矢報いる強固な意志が備わっているとは思えなかった。

そのとき、溺死しかけた過去のレギュラスが身じろぎをした。

よかった。クリーチャーの適切な処置のおかげで、一命を取り留めたようだ。例のあの人が用意した毒薬を飲んでいるから、まだ安心できない状態だけど。

ふと気づいたフィービーは、水盆のほうを振り返る。

過去のレギュラスが毒薬を飲み干したはずなのに、水盆は燐光を発するエメラルド色の液体で満たされていた。

例のあの人は水盆が空に近い状態になったら、毒薬がひとりでに補充される呪文をかけていたのだろうか。

それはともかく、あの毒薬を採取して分析すれば解毒剤が作れる。

そう思ったフィービーは、台座の近くに転がっていたクリスタルのゴブレットをひろいあげた。水盆に怖々と手を入れて、毒薬をすくおうとしたが、液面から2〜3センチのところで見えない障壁に阻まれてしまう。

どうやら飲み干すつもりですくわないと、この毒薬に触れることさえできないように、仕掛けが打たれているようだ。


「解毒剤は用意してあります」


レギュラスはそう言って、巾着袋から出した茶色の小瓶をクリーチャーに渡した。

例のあの人が調合した毒薬の解毒剤なんて、そう簡単に用意できないだろうに。いったいどうやって。

質問しようとしたフィービーをさえぎるように、レギュラスは「説明は後です」と言った。
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