あらがうもの

□侵入者
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スネイプ先生とシリウスは、ハリーたちのほうに近づこうとしていたが、暗闇から湧き出るように侵入してくる吸魂鬼に包囲されている。

フィービーがよそに気を取られていたら、脇から吸魂鬼がスルスルと忍び寄ってきた。

吸魂鬼は腐乱した両手をあげて、フードを脱いだ。目があるはずのところには、虚ろな眼窩と、のっぺりとそれを覆っている灰色の薄いかさぶた状の皮膚があるだけ。
しかし、魂を吸い取るための口はあった。がっぽり空いた形のない穴が、死に際の息のようにザーザーと空気を吸いこんでいる。

おぞましいものを目にした動揺で、フィービーが創り出した実体のない守護霊が消え、左手に握りしめていたシリウスとスネイプ先生の杖を取り落としてしまった。

フィービーの近くにいたハーマイオニーは、気絶して床に倒れた。ロンは気を失った彼女を守るように覆いかぶさる。

絶望と恐怖で麻痺したフィービーの内側から、リドルの高笑いが聞こえてきた。

吸魂鬼の腐った冷たい息で肺が満たされ、フィービーが酸素を求めてもがいていたら、唐突にレギュラスの声が脳裏によみがえった。


「一番幸せだった思い出に、神経を集中させなさい」


フィービーはとっさに頭に浮かんだレギュラスとの練習風景を思い描き、かすれ声で守護霊の呪文を唱えた。

守護霊はまたしても形にならず、頼りない煙のようだったが、吸魂鬼はマントの下から伸ばしてきた死人のような手をそれ以上近づけることはできなかった。


「やめろおおお……やめてくれえええ……頼む……」


シリウスの呻き声が聞こえたとき、ハリーが上ずった声を張りあげた。


「エクスペクト・パトローナム!」


次の瞬間、目が眩むほどの光が発せられた。

耳元で響いていたリドルの高笑いは消え、冷気は徐々に退いていく。

フィービーがありったけの力を振り絞って顔をあげると、闇に侵食された寝室の中をぐるぐると駆け回る銀色の動物を見た。

散り散りになった吸魂鬼の群れは、強力な守護霊の光から逃げるように、床の穴から退散する。

空にかかる月のようにまばゆい輝きを放つハリーの守護霊は、レイブンクロー戦のときのようにすぐに消えてしまわなかった。

ハリーのほうに引き返した牡鹿の守護霊が、枝分かれした立派な角の生えた頭をゆっくりと下げる。その光景はまるで、牡鹿に変身するアニメーガスだったジェームズ・ポッターが、息子の前に姿をあらわしたようだった。


「プロングズ」


父親の学生時代のニックネームを、ハリーはか細く呟いた。

彼が震える指で、自分の創り出した守護霊に触れようとしたとき、それはシャボン玉が弾けるように跡形もなく消えてしまった。

ほどなくして、夜の静寂が戻ってきた。板で塞がれた窓から、やわらかい月光が細い筋となって差しこむ。

折り重なるように倒れたロンとハーマイオニーは、吸魂鬼の群れに生気を吸い取られて、ぴくりとも動かない。

杖を奪われたシリウスとスネイプ先生は、床に膝をついていたけど意識は失わなかったらしく、なんとか立ち上がろうとしていた。

フィービーは吸魂鬼の影響で、体中の力という力が抜けてしまっていたが、唇を思いきり噛みしめた痛みで気を失わないようにした。まだ警戒を解いてはいけない。吸魂鬼の侵入は人為的な感じがした。

犯人探しは、スネイプ先生かシリウスに任せるとして。どうにかして、バックビークの雛を逃がさないと。フィービーが回転の鈍くなった頭を、必死に働かせていたら。


「う、わっ?!」


いきなりフィービーの体が宙に浮いた。強力な磁石に引っ張られるように、寝室の中央に開いた穴に落下していく。

フィービーを受け止めたのは傷んだ木の床ではなく、成人男性の両腕だった。

わずかな月光に照らされた、烏の濡れ羽色の髪。青白い顔に憂うつそうな表情を浮かべたレギュラスが、フィービーを見下ろしていた。


「なん……っ!」


問い質そうとしたフィービーを抱えたまま、レギュラスはその場で回転する。

いきなり狭いところに全身を押しこめられるような感覚に襲われ、吸魂鬼によって弱らされたフィービーの意識が遠のいた。
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