あらがうもの
□叫びの屋敷
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フィービーが校庭に出たときには、太陽はすでに禁じられた森のむこうに沈みかけ、木々の梢が金色に輝いていた。
たどり着いたハグリッドの小屋のドアをノックすると、濃灰色のマントを着たシリウスが出てきた。
「やあ、フィービー。ハリーたちが待ちくたびれているぞ」
シリウスにあいさつを返したフィービーは、小屋の中を見て言葉を失った。
大きな肘掛け椅子に座りこんだハグリッドの赤ら顔は、見る影もなく青ざめている。
ハグリッドは重たい足取りで暖炉に近づきながら、「茶、飲むか?」と問いかけてきた。
「お茶はいらないよ。ハグリッド、バックビークはどこにいるの?」
「俺──俺、あいつを外に出してやった。俺のかぼちゃ畑さ、繋いでやった。木やなんか見た方がいいだろうし──新鮮な空気も吸わせて──そのあとで──」
言葉が出なくなったハグリッドは、泣いてはいなかったが、茫然自失の状態だった。
涙を流す姿を見るより辛い。バックビークは助かると言いたいけど、今はまだ我慢しなくてはいけない。
「ダンブルドア先生が、ここに来るんだって」
心配そうにハグリッドを見上げていたハリーが、フィービーのほうを向いて伝えた。
校長はバックビークが処刑されるのを望んでいないようだから、ハリーたちの行動に気づいても見て見ぬ振りをしてくれるだろう。
「今朝手紙をくださった。俺の──俺のそばにいたいとおっしゃる。偉大なお方だ、ダンブルドアは……」
息をついたハグリッドは、脂汗が浮かんだ額を袖で拭ってから話を続ける。
「ダンブルドアは連中に、バックビークは大丈夫だって言いなさった──だけんど、連中は怖気づいて……ルシウス・マルフォイがどんなやつか知っておろう」
窓際に立って暮れなずむ外をながめていたシリウスが、「嫌というほどな」と受け答えた。
「やつが委員会の爺を脅したことは明白だ。それに処刑人のマクネアは、マルフォイの昔からの仲間だ」
「そんでも、あっという間にスッパリいく……俺がそばについていてやるし……」
ごくりと唾を飲みこんだハグリッドの目が、小屋のあちこちを虚ろにさまよった。わずかの望み、慰めの欠片を求めるかのようだ。
ハーマイオニーは見ていられないとばかりに顔を伏せ、ロンは唇を噛み、ハリーは透明マントを隠しているローブの前を押さえた。
「連中が来たぞ」
重苦しい沈黙を、シリウスの低い声が破る。
羊皮紙のような顔色になったハグリッドが、急に立ち上がった。
「おまえさんたちは城さ戻るんだ。おまえさんたちにゃ見せたくねえ……」
4人が裏口から出るとき、小屋にとどまったシリウスが素早くウインクをした。
ハリーたちを勇気づけるためというより、これから仕掛ける救出劇を楽しんでいるように見えてしまう。
ハグリッドについて裏庭に出ると、ほんの数メートル先、かぼちゃ畑の後ろにある木にバックビークが繋がれていた。
不安そうに地面を掻くバックビークに、ハグリッドは優しく「大丈夫だぞ……」と声をかけている。
ハリーは彼になにか言葉をかけようかと迷っていた様子だが、何も言わないことにしたらしく、3人に透明マントをかぶせた。
4人が消えたあたりを見て、ハグリッドはかすれ声で、「急ぐんだ。聞くんじゃねえぞ……」と忠告した。
誰かがドアを叩いたので、彼は大股で自分の小屋に戻っていった。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、フィービーは押し黙って、森の端を縫うように、こっそり木々の間を進んだ。
太い樫の木の陰に隠れた4人は、幹の両側からハグリッドの小屋の様子をうかがう。
大事なことに気づいたフィービーは、心の中で焦った。
バックビークをおびき寄せるエサとなる、死んだスカンクが柵に干してあったはずなのだが、1匹も見当たらない。最後の晩餐として、ハグリッドが大盤振る舞いしたらしい。