あらがうもの
□まね妖怪
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〜レギュラス視点〜
黒猫の姿のレギュラスは細密な模様を織りこんだ豪華な絨毯に腰を下ろして、シャンデリアのある高い天井や、オリーブグリーンの壁紙に囲まれた細長い空間を見渡した。
レギュラスが外部に情報漏洩しない部屋を求めると、必要の部屋の内装はブラック家の客間に似た雰囲気になる。実家に帰ることができないレギュラスは懐かしさより、祖先に対する後ろめたさに駆られる。
「必要の部屋の入り口をよく見つけたね、バジル。映画を見た限りじゃ、何階にあるのかもわからなかったのに」
壁にかかった闇検知器の敵鏡を見つめていたフィービーは、興奮で弾んだ声を出した。
「ハッフルパフの談話室を掃除しに来た屋敷しもべ妖精に、必要の部屋の場所と入り方を聞きました」
「……もしかして、随分前に必要の部屋を見つけていたんじゃない?」
「1年目と2年目は闇の帝王がホグワーツに潜伏していたため、分霊箱が秘されている必要の部屋に、フィービーが近づくのは危険だと判断したのです」
それ以外に個人的な理由もあるのだが(必要の部屋で風呂に入ったり防衛術の訓練をしたり等々)、フィービーに私生活を公開したくないので黙っておく。
黒猫から人の姿に戻ると、変身を見慣れているはずのフィービーはびくりと肩を揺らした。レギュラスを見て、彼女はまね妖怪と対峙したときのことを思い出したのだろう。
フィービーが最も恐れているのはセドリックを喪うことだと思っていたので、彼女のまね妖怪は予想外だった。まね妖怪は心の奥深くにある恐れを模写するから、フィービーが覚えていなくても心に刻まれた拷問の恐怖を拾い取ったのかもしれない。
「本題に入ります。フィービーのまね妖怪についてルーピンが追及してきても、あなたが余計なことをしゃべらなければ誤魔化しきれるでしょう」
「……わかった。気をつけるよ」
神妙な様子のフィービーは、やけに聞き分けのいい返事をした。
普段の彼女ならレギュラスが記憶の一部を奪ったせいで、まね妖怪と対峙したとき不意打ちを受けて、動揺してしまったと文句を言いそうだが。
拷問の記憶がフィービーのトラウマになっているなら、これから提案することを素直に受け入れるだろうと思いながら、レギュラスは言葉を継いだ。
「ただし、スネイプは秘密の部屋での記憶が戻ったフィービーに開心術をかけて、私の情報を探ろうとするかもしれません。開心術で記憶を暴かれるのは、まね妖怪に恐怖を再現されるより精神的ダメージが大きいです。今のうちにご両親と校医に相談して、物忘れシロップを処方して……」
「レギュラスが辛い思いをしたことを忘れるほうが、精神的ダメージが大きいんだけど」
強い口調で遮ったフィービーは光を宿した琥珀色の瞳で、レギュラスをまっすぐ射抜いた。
レギュラスは彼女とは関係ないクリーチャーを不意に思い出して息をのんだが、すぐに表情を引き締めて突き放すような声音で告げた。
「まね妖怪を退治することもできずに取り乱した癖に、口だけは一人前ですね」
「じゃあ、口だけじゃないって証明してみせるよ。レギュラス、私に全力で開心術をかけて。必ず防げるようになってみせるから」
記憶が戻ったショックが大きすぎて、暴走しているんじゃないかと思うほどの前向きさだ。
ひたむきに見上げてくるフィービーから視線を外したレギュラスは、熱くなっている彼女に冷水を浴びせるように言った。
「フィービーに開心術をかけて秘密の部屋の記憶を暴くことは、私があなたを拷問するも同然なのですが」
ぐっと言葉に詰まったフィービーは、覚悟を決めた面持ちになって答えた。
「レギュラスになら拷問されてもかまわないよ」
私がかまうんですよ。
そう言いかけたレギュラスは拳で自分の額を叩いた。フィービーにこれ以上情を移さないと決めたのに、彼女を傷つけることを躊躇ってどうする。
「……では、これから全力でフィービーに開心術をかけます。1時間以内に防げるようになってください。できなければ、私の言うとおりにしてもらいます」
必要の部屋は時間を計るための砂時計を出してくれたから、駄目元でフィービーの意志を変えるものが必要だと願ってみたが何も出なかった。
〜レギュラス視点・終わり〜