あらがうもの

□飛行訓練と三頭犬
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「右手を箒の上に突き出して。そして、『上がれ!』と言う」


短い白髪に鷹のような目を持つフーチ先生は、きびきびと指示を出した。

フィービーの足下にあった箒はすぐ飛び上がって、右手に収まった。

学校の備品の古ぼけた箒のシューティング・スターは、小枝がとんでもない方向に飛びだしている。
セドリックの話では、高いところに行くと箒がふるえだしたり、どうしても少し左に寄ったりする癖があるようだ。

ハンナとスーザンはおもちゃの箒に乗った経験があるからか、3〜4回目のチャレンジで箒を手にしていた。
飛行経験のないマーサの箒は、地面をころりと転がっただけ。


「だめね。フィービーのように上手くいかないわ」

「マーサ、諦めないで。もう一度掛け声をかけてみて?」


フィービーが励ますと、マーサはそばかすの散った頬を赤く染めて「わかったわ」と答えた。


「フィービーのために上がれ! ……やったわ! フィービーのおかげで箒が上がったわよ」


フィービーはなにか間違っている気がしたけど、マーサの喜びに水を差すことはしたくなかったので、「よかったね」と褒めておいた。

ハンナとスーザンは生暖かい目で、フィービーを見てきた。


次にフーチ先生は箒にまたがる方法を実演してみせた。
箒にまたがった生徒たちを見て回ったフーチ先生は、箒の握り方を直した。


「ミスター・スミス、箒の柄は片逆手で握るようにと先ほど説明したでしょう」


たしかスミスは親戚の上級生と、ミニゲームをしていたと自慢していた。
いままで誰も、スミスが間違った握り方をしていたことを指摘しなかったのだろうか。
フィービーの視線に気づいたスミスは、真っ赤になって睨んできた。


「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、2メートルくらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください」


フーチ先生の合図の笛の音と同時に、フィービーは地面を蹴った。
宙に浮く感覚を楽しむ間もなく、マーサの悲鳴が聞こえた。


「箒がふるえているの? それとも私の錯覚?」

「マーサ、両足でしっかり柄を挟んでみて。あとハンナ、下じゃなくて前を見たほうがいいよ」

「フィービー! 私の箒が変な方向に進むの。どうすればいいの?」

「進行方向とは反対側に身体を傾けてみて。そう、スーザン、その調子」

「フィービーは先生みたいですね」

「ジャスティン、箒の柄を下向きにしないと、どんどん上昇しちゃうよ」


フーチ先生は箒から落下したレイブンクロー生の面倒を見ていて、手が放せないようだ。


2メートルの高さまでのぼったから、そろそろ下降しないと。
フィービーが地面に視線を向けたとき、マーサの緊張した声が飛んだ。


「フィービー、危ない!」


箒の上で前屈みになったスミスが、こちらに突っ込んでくるのを視界の端にとらえた。
フィービーは逆上がりするように空を蹴りつつ、箒の柄をぐいっと上向かせて宙返りする。

ブレーキをかけて箒の向きを変えたスミスは舌打ちをした。


フーチ先生の怒号が聞こえたので、急いで地上に戻る。


「指示通りの飛行ができないなら、訓練を受けさせませんよ!」

「フーチ先生。スミスがフィービーに突撃を仕掛けたんです」


ハンナたちが抗議したけど、スミスは知らん顔をしている。

文句を言ってやりたいが、スミスを射殺さんばかりに睨みつけるマーサが気になったので自重した。

彼女は汽車に乗るとき、フィービーがトランク運びを手伝ったことに恩を感じているのか、フィービーに対して過保護になっている。


順番に校庭の上空を1周する練習に移ったとき、レイブンクロー生の男子が声をかけてきた。


「よう、ディゴリー。さっきの宙返り、すごかったじゃないか」


まっすぐな黒髪に、ハシバミ色の瞳の持ち主。
彼はマイケル・コーナーという名前だったと記憶している。


「偶然うまくいったんだよ」

「今度宙返りするときは、下着の上になにか穿いておいたほうがいいぞ」


絶句したフィービーの代わりに、マーサがわなわなと震えながら聞いた。


「マイケル・コーナー……あんた、フィービーの下着を見たの?」

「見たくて見たわけじゃない。嫌でも目についたんだ。赤いコウモリの大きなプリント、」

「わあああああ!」


今日は飛行訓練だから気合いを入れるため、バリキャッスル・バッツのキャラクター柄にしたことが裏目に出た。

おまけに怒り狂ったマーサがマイケルに決闘を申し込む騒ぎになったから、フーチ先生はハッフルパフから1点減点した。

おもにスミスのせいで、フィービーは心から飛行訓練を楽しめなかった。
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