あらがうもの
□魔法薬の先生
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天蓋付きベッドの中で、フィービーは目覚めた。
まずは鮮黄色のビロードのカーテンの内側にかけた、防音呪文を解除する。
悲鳴をあげて飛び起きることがなくなったわけではないので、同室者に迷惑をかけないための措置だ。
寝室の丸い窓の向こうの景色は薬草園とつながっているらしく、生い茂った草花が見えた。
ときおり長靴をはいた足が通り過ぎるから、庭小人になった気分。
ハッフルパフ寮は地下にあるけれど、日中はどこからともなく差しこむ太陽の光に満ちて明るい。
フィービーは軽く柔軟体操をして、体をほぐした。
誰も起きる気配がなかったので、深呼吸して声を張り上げた。
「ハンナ、スーザン、マーサ、起きて! 洗面台が混んじゃうよ」
ようやく起床した同室者たちと一緒に、樽底のようなドアを開けて寝室を出た。
壁に等間隔に設置された銅のランプの灯りが、トンネルのような通路を照らす。
通路は巣穴のようにいくつも道が分かれているので、うっかりすると迷いそうになる。
「下級生用のトイレって、ここの突き当たりじゃなかった?」
「そっちじゃないよ、ハンナ。もう2つ向こうの横穴の突き当たり。ちょうどいま、クリッシーとデビーが出てきたところ」
「道案内をしてくれる絵画がほしいわ。城の中にもね。階段が142もある上に隠し扉まであるから、教室になかなかたどり着けないもの」
「道案内をする絵画はあったらいいけど、ピーブズが夜中に絵をすり替える悪戯をしそうね」
「あのポルターガイスト、なんとかならないのかしら。授業に遅れそうになったとき出くわすともう最悪……」
「ハリー・ポッターの見物渋滞も厄介だよ」
「根性悪のフィルチが一番厄介だと思うわ。フィルチが飼っているミセス・ノリスもね」
洗面台の順番待ちをしながら新学期のグチを言い合った。
ゴーストのビンズ先生が教える魔法史は、死ぬほど退屈とか。
薬草学で習った毒キノコに触ったら、手がかぶれたとか。
真夜中に行われる天文学が、魔法史の次に眠くて仕方ないとか。
スネイプ先生とマクゴナガル先生が怖すぎるとか。
闇の魔術に対する防衛術の教室は、強烈なニンニク臭がしてたまらないとか。
小柄なフリットウィック先生が積み上げた本を踏み台にして、机越しにようやっと顔をのぞかせる姿が可愛くて、授業に集中できないとか。
「……フリットウィック先生に目を奪われているのは、フィービーだけだと思うわ」
「フィービーって優秀なのに、ちょっと変わっているわよね。変身術の授業で針に変えるはずのマッチ棒を、ふくろうの羽根を使った毛針に変えていたし」
「例えるならダンブルドア先生みたいなタイプ?」
「ほめられている気がしないよ……」
順番が回ってきたので、歯みがきと洗顔を手早く済ませる。
1年生のハッフルパフの女子共同トイレなので、ヘアセットやらは各々の部屋で行うのが暗黙のルールとなっている。
寝室に戻ったフィービーは、ベッド脇の整理箪笥の上に置いた鏡に向き合った。
寝ぐせなおし代わりに使っている、スリークイージーの直毛薬をヘアブラシに数滴落として、短い髪をとかす。
ふくろう柄のくるみボタンのついたパッチンピンで前髪をとめた。
このパッチンピンはハッフルパフに決まったお祝いに、両親が送ってくれたものだ。
フィービーとしてはドラゴン柄のほうがよかったのだけど、お祝いの品なのだから我がままは言うまい。
制服に着替えて支度を済ませてから、フィービーは同室者と共に女子寮を後にした。