あらがうもの
□魔法薬の先生
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居心地のいい円形の談話室には、黄色と黒の布張りをしたソファや肘掛け椅子が置いてあった。
寮のシンボルの穴熊を刺繍したクッションは、いまやバジルのベッドと化してしている。
バジルが女子寮ではなく、談話室で寝起きしている理由は言わずもがな。
当のバジルは、ハッフルパフ寮は騒々しくて落ち着きませんと不平をこぼしていた。
騒々しさの一因は、談話室のあちこちに飾られた魔法植物だろう。
窓際に置かれた花は校歌を口ずさみ、天井から下がる鉢に植えられたシダの巻きひげは通りかかった生徒の頭を撫でるし、丸い棚には踊るサボテンが並ぶ。
ハッフルパフの寮監であり薬草学の教授でもある、ポモーナ・スプラウト先生の趣味だろう。
スプラウト先生は小柄でふくよかな魔女で、ふわふわした灰色の髪のうえに乗せた帽子はつぎはぎだらけ。
いつも土で汚れたローブをまとっており、伸ばした爪には泥が詰まっている。
「今日はひらひら花の植え替えをやります。ひらひら花の特徴がわかる人はいますか?」
グリフィンドールと合同で受ける薬草学の授業で、スプラウト先生は生徒に質問をした。
真っ先に、ハーマイオニーの拳があがった。
先生に指名された彼女は、ひらひら花にはヘビに似た触手があると答えた。
スプラウト先生はグリフィンドールに5点与えたあと、ひらひら花の鉢植えは悪魔の罠という、危険な魔法植物の切り枝に似ていると説明した。
「悪魔の罠は暗闇と湿気を好む蔓草で、生き物に巻きついて絞め殺そうとします。ひらひら花か悪魔の罠か見分けるには、太陽の下にさらすといいでしょう」
学年末に待ち受ける試練を乗り越えるための重要なヒントなのだが。
ハリーは物珍しそうに温室をきょろきょろ見渡し、ロンはあくびをして、あきらかに先生の話を聞いていなかった。
やはり彼らには、ハーマイオニーがついていないとダメだと実感。
ハーマイオニーは入学早々、学年一優秀な魔女として呼び声が高かった。
変身術の授業でハーマイオニーがマッチ棒を完璧な針に変身させて、厳しいマクゴナガル先生から点を与えられた噂は、他寮生であるフィービーの耳にも届いていた。
その一方、図書室で見かける彼女はいつもひとりだった。
「なんの本を読んでるの?」
フィービーがいきなり声をかけたせいか、読書に没頭していたハーマイオニーは椅子の上で小さく飛びあがった。
「驚かせてごめんね。私はフィービー・ディゴリー。同じ寮に兄がいるから、フィービーって呼んで」
「……グリフィンドールの1年生、ハーマイオニー・グレンジャーよ。ファーストネームで呼んでくれて構わないわ。フィービーは宿題をしに来たの?」
「宿題じゃないけど、魔法薬学の勉強をちょっと」
ユニコーンの血の呪いを調べにきたのだが、怪しまれるから言わなくていいだろう。
ハーマイオニーは茶色の目を輝かせて、「奇遇ね」と言った。
「私も魔法薬学の予習をしていたの。生ける屍の水薬について調べていたのよ」
「生ける屍の水薬って、指定教科書の『魔法薬調合法』に調合の難しい魔法薬の代表例として、名前が出ていたよね?」
「そうよ。フィービーはちゃんと勉強しているのね。ほかの人たちは授業中に挙手しないから、本気で学ぼうとしているのは私だけじゃないかと思っていたわ」
怒ったように腕を組んだハーマイオニーは、パーシーに似通った優越感を漂わせていた。
いまの彼女はロンじゃなくても苦手意識を持つだろう。
「人にはそれぞれペースがあるから、授業で習ったことを理解するので手一杯な人も多いと思うよ。ハーマイオニーはみんなより勉強ができるから、宿題をみてあげると喜ばれるんじゃないかな」
「宿題は自分のためにするものよ。そうしないと学力が身につかないでしょう」
協力して宿題をこなすのはズルだと見なされたのか。
ハーマイオニーはそれきり、口を利いてくれなくなってしまった。
ハリーたちと仲良くなって騒動に巻きこまれると、バジルが怖いから避けたいところだが、これはこれで寂しい。