あらがうもの

□侵入者
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草むらに座りこんだフィービーが腕時計を確認すると、とっくに日付が変わっていた。

かつてなく真剣な表情のレギュラスは、ぶつぶつ数えながら逆転時計と格闘中だ。
彼が公の場から姿を消した年まで時間を戻すためには、ざっと13万回ほども小さな砂時計を引っくり返さなくてはいけない。

フィービーは考え事をして時間を潰していたのだが、睡魔に勝てなくなってきた。吸魂鬼に遭遇した精神的ダメージや、試験の疲れなどが一気に噴出したせいだ。


「……っ!」


うとうとしていたフィービーは突然、耳鳴りに襲われて目が覚めた。

いつの間にかレギュラスに寄りかかって寝ていたようだが、周りの異変に気づいてそれどころではなくなる。周囲の緑がぼやけて、どんどん2人を追い越していく。

眠りを破られたときのように唐突に、周囲の木々を通り抜ける風の音や、ふくろうや虫の鳴き声が再び聞こえるようになった。

腰をおろしていた草むらの感覚が戻ってきたとき、またしても真っ暗な森の中にいた。


「逆転時計は、フィービーが持っていてください」


そう言って、レギュラスは自分の首から細い鎖を外した。

彼から逆転時計を受け取ったフィービーは、常に持ち歩いているモークトカゲの革袋を、ローブのポケットから出した。父親が入学祝いとして買ってくれたこの品は、持ち主以外は中身を取り出すことができない。

フィービーは逆転時計をモークトカゲの革袋に入れて、革紐を首にかけてローブの中にしまい、外から見えないようにした。


「洞窟の近くに姿現わしをしますので、私の腕にしっかり掴まってください」

「待って。移動する前に、軽く準備運動させて。ずっと座りっぱなしで、体が強張っちゃっているから」


レギュラスは銀の懐中時計を取り出して、時間を気にしていたけど、フィービーと一緒に準備運動をすることにしたようだ。


「わかっているとは思いますが、フィービーはなにがあっても魔法を使ってはいけませんよ。未成年のフィービーが学外で魔法を使うと、魔法省に察知されてしまいますからね」


これから向かう先には、例のあの人が仕掛けた闇の罠が待ち受けている。そんな場所で魔法を使えないのは、すごく不安だ。

けれど、この時代ではまだ生まれていないフィービーが、魔法不適正使用取締局に目を付けられると、非常にまずいことになる。

逆転時計を使って過去の人間と関わってしまい、自分の血族の存在を消してしまったミンタンブルの悲劇が頭をよぎった。

自らのミスが原因で、両親や兄や親戚の人生を大きく歪めてしまったらと思うと、目の前が真っ暗になる。フィービーはすがるように、制服のローブの上からモークトカゲの革袋を握りしめた。

それでも、やっぱり怖いから元の時代に戻りたいと言う気にはなれない。

自分はしょっちゅうレギュラスに助けを求めておきながら、彼に助力を乞われたときは断るなんて、あまりに虫が良すぎる。

それに、危険を冒して過去のレギュラスを救うことに成功すれば、来学期は知識と経験豊富な彼に協力を頼みやすくなるのではないか。

こういうのを、取らぬふくろうの羽根算用というのだろうか。先のことを考えるのは、目の前の難局を乗り切ってからだ。

気を引き締めていこう。自分に言い聞かせながら、フィービーはレギュラスの左腕を両手でつかむ。


「3つ数えてから行きますよ。いち……に……さん……」


カウントしたレギュラスの腕が、ねじれて抜けていくような感じがした。

姿現わしに失敗したとき、体がばらけることが思い浮かび、フィービーは彼の腕を固く握りしめる。体中のありとあらゆる部分が、我慢できないほどに圧縮され、窒息するかと思った。

次の瞬間、フィービーは窮屈さから解き放たれ、潮風を胸いっぱいに吸いこんだ。
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