天下る幻

□第四話
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「本丸にも慣れてきたことだろうし、実戦演習といこう」

 小狐丸が当本丸に所属してから数日。ついに初陣を飾る日が近づいていた。
 広間には主力部隊である第一部隊の面子が集まり、空橋を筆頭に小狐丸初陣の作戦を練っている。 

「とりあえずの目標は主が帰ってくるまでに使い物になるようになっておくこと!」

 主の不在を預かっている身である空橋は近侍ということもあってか責任感が人一倍強い。そのため、まだ練度を積んでいない小狐丸をしごいて強くし、主が帰還した際に即戦力として出陣させられるようにしようと目論んでいた。

「して、使い物になるというのは具体的にどのくらいの強さを言うんだ?」

 空橋のすぐ隣に立っている三日月は、言いながら空橋の髪の毛をプツリと抜いた。

「いてっ……ッ〜〜〜ちょっとヅキさん!何してんの?!」
「枝毛だ。抜いたほうがいいだろう?」
「あぁ……ありがとう。………で、具体的な目標だけど」

「……………」

 距離が近い。
 小狐丸は常々思っていた。
 三日月と空橋が一緒にいる光景は見慣れている。そのどれもが異常にくっついていた。今でも三日月は空橋の右腕に自分の左腕をぴったりとくっつけて作戦会議に参加している。小狐丸も対抗して反対側を陣取ってはいるものの、そこまでの距離感はとれなかった。
 くっつこうとはした。むしろ、その露わになった左の二の腕に爪を立てて空橋が驚いて飛び上がる姿を見たかった。しかし、そうしようとする度に邪魔が入る。
 三日月宗近だ。

「……………」
「……………」

 視線こそよこさないが、小狐丸が空橋に触れようとすると三日月が空橋の耳に息を吹きかけ飛び上がらせる。先手を取られるのだ。
 小狐丸は静かに三日月を睨む。当人はそれを知ってか知らずか、隊員たちに意見を求める空橋の柔らかい髪を弄んでいた。

「よし、じゃあ小狐丸は五回出陣するうちに大太刀を一撃で仕留められるようになること。いい?」
「え?」

 急に大きな瞳と目が合ったかと思えば、作戦会議は大きく進んでいて、とんでもない目標を掲げられていた。
 思わず聞き返す小狐丸に空橋は、「聞いてなかったな」と怒ったように目標を復唱した。

「小狐丸は、これから五回出陣するうちに大太刀を一撃で仕留められるようにすること!」
「ま、待ってくださいぬしさま。いくらなんでも五回だけでは流石に無理があります」
「え、そうなの?でも光忠は三回の出陣で薙刀を一撃で倒したって…」
「は…」

 大太刀よりも大きな薙刀を練度を積んでいない太刀が三回目の出陣で、しかも一撃で倒したと。
 小狐丸は、にわかに信じられず、噂の燭台切光忠を見る。

「……何かな?」

 薄く笑みを浮かべた彼は確かに薙刀を瞬殺してしまいそうな凄みがあった。無表情かつ無言で三日月に雑巾を投げつけていた光景を見ている小狐丸は、妙に納得する。
 しかし、いくらなんでも言い過ぎではないのか。そう思ったときだった。

「そのお話、以前聞いた覚えがあります!」

 目を輝かせて言うのは、この場にいる唯一の短刀、前田藤四郎だ。彼は短刀でありながらしっかりしており忠誠心も強い。そのため、第一部隊の常連だった。

「光忠様は初陣で目覚ましい功績をあげ、二度目の出陣では大太刀を、三度目の出陣では薙刀を一太刀で切り伏せられたとか!」

 興奮気味に語る前田は一瞬のうちに光忠の傍に移動して指南を受けようと直談判している。それを兄である一期一振がなだめているという状況だ。
 誰しも強い者に憧れるのは同じであった。小狐丸もまた、同じ憧れを抱いたことのある身として懐かしむような視線を前田に注いでいた。それを視界の端にしっかりと三日月はとらえる。

「そうだなぁ……よく考えれば光忠は特別だから、やっぱり五回で大太刀は難しいかな?」
「空橋、僕が特別ってどいうことだい?」
「え?そりゃあ…………か、かっこいいってことだよ!」
「本当?フフ、それは嬉しいな」

 光忠は食に関する意識が強く、食べ物を粗末にした者には地獄を見せる勢いで制裁を加えていたため恐れる者が多いのだが、「かっこいい」と一言いってやると柔和な笑みを見せるという存外ちょろい刀剣であった。

「そうだ、一期さんは五回目の出陣はどうだった?」
「私ですか?」

 前田を静めて穏やかな笑みを浮かべていた一期一振は小狐丸と同じ太刀だ。光忠のようにキレて攻撃力が急上昇するということもないため参考になるだろう。
 しかし、一期一振はなかなか答えようとしなかった。少し気まずそうに頬をかく。

「私は……その、お恥ずかしいのですが……刀装兵を切り伏せるので精一杯でした…」

 光忠の武勇伝を聞いた後のことで、どれだけ言い出しにくかったであろう。しかし、少しでも参考になればと恥を忍んで告白してくれたのだ。
 空橋は高まる感情を抑えて必死に訴える。

「恥ずかしがることないよ一期さん!それが普通なんだって!光忠が異常なだけで一期さんは平均値をたたき出してるだけだよ!」
「僕、異常なの?」
「それに一期さんは今や大御所になってるし………過去なんてどうでもいいじゃないですか!」

 兄の目の前で弟の台詞を盗む所業に出た空橋だったが、一期一振は嫌な顔ひとつすることなく、むしろ感動したように口元を綻ばせた。

「空橋殿……ありがとうございます…」
「空橋様の言う通りです。いち兄は私たちをいつも守ってくれる、憧れですよ!」
「ま、前田……ッ!」

 前田がとどめだったらしい。一期一振は、その満月のような瞳を潤ませたかと思うと前田を抱きしめたまま動かなくなった。おそらく涙が引くまではそのままでいるだろう。

「……まあ、自分のペースで鍛錬に励んでください」
「わかりました」

 結局、あいまいな目標におさめるしかなかった空橋は苦笑を浮かべた。

「それで、出陣する日なんだけど」

 それはそれ、これはこれ、と気持ちを切り替えて次の話に進む。

「政府が用意してくれた訓練用の戦場があるんだけどね。移動時間も短いし、明日にでもそこへ出陣してみようと思うんだけど、どうかな。急すぎる?」
「いえ、問題ありません」
「じゃあ、決まり!」

 解散、と空橋が号令すると、光忠は明日の朝餉の下ごしらえに取り掛かり、一期一振は前田を抱えたまま弟たちが待つ大部屋へと去っていった。
 広間に残ったのは、空橋と三日月、小狐丸。そして、

「あれ、どうしたの?何か用事……って、聞いてもキツネがいないと喋れなかったね」

 熟睡中のお供の狐を自室に置いてきて会議に参加していた鳴狐だった。
 空橋は、メモ用に置いていた筆と半紙を手に取る。

「面倒だろうけど、ここに書いてくれないかな?キツネを起こすのは可哀そうだしね」

 そう言って意思を疎通する手段を差し出すが、本人は受け取ろうとしなかった。それどころか首を横に振る。そして、一礼をすると背を向け去っていく。
 どうやら用事なんてものはなく、ただぼうっとしていただけらしかった。
 
「おやすみ」
「お、おやすみ」

 挨拶はきちんと自分の口で。それが鳴狐のモットーだった。
 襖が静かに閉められるのをなんとも言えない気持ちで見送った三人は、同時に顔を見合わせた。

「……俺たちも寝よっか」
「そうだな」
「そうですね」


    

 
 


 空橋は自室に戻って、いつもの通り日誌を記していた。今日の日付から始まり天気、明日の当番、刀剣たちの様子などを書き込んでいく。最後に、個人的に気になることを一行だけ書いて日誌を閉じた。すると、それを待っていたかのように襖の向こうで声がした。

「ぬしさま、入ってもよろしいですか?」

 言わずもがな小狐丸だ。彼は毎夜のごとく布団一式を持って空橋の部屋を訪ねてくる。最初は大目に見て一緒に寝ることを許可していたのだが、ひとたび拒絶すると小狐丸は何かしら理由をつけ、寝室を共にすることになっていた。

「今日はどんな理由で?」

 襖を少し開けると月明りの中に鮮血のような瞳と犬歯が見えた。

「明日は初陣ゆえ一人では不安なのです」

 やっぱりそう来たか――。空橋は想定内の答えにほくそ笑んだ。あらかじめ用意していた台詞を大根役者さながらに言ってのける。

「ああ、それは可哀そうだ。しかし安心してくれたまえ。そうではないかと思ってとっておきの部屋を用意しておいたのだよ!」

 瞬間、その色とは対照的に冷めきった瞳が空橋を見下ろした。

「…………ついて来い」

演技が下手だということに自覚がないわけではない空橋は、小狐丸の軽蔑するような視線に何も言わず部屋を出た。
 しばらく月明りに鈍く照らされた廊下を進む。

「ここだ」

 神妙な顔でひとつの部屋を指さした。

「ここは?」

 誰の部屋なのかを聞く前に空橋が部屋の主に声をかけた。

「ヅキさん、入るよ」
「!」

 思わぬ人物の名前に不覚にも米神がうずいた小狐丸は、部屋の主の声を聞きながら空橋に目で訴える。
 何をお考えですか。
 しかし、空橋は一度だけ何でもない視線をよこして襖を開けた。

「なんだ、小狐丸も一緒か」

 少し驚いたような、しかし納得したような顔だった。
 部屋にはすでに布団が敷いてあり、いつでも寝られる状態だ。

「あれ、なんで二つあるの?」

 まるで自分の部屋を見るかのような光景に嫌な予感を感じる空橋。
 三日月は二つある布団のうち、奥の方に寝転がった。

「お前のだ」
「俺の?なんで?」
「なんで………空橋が今夜俺の部屋に来ると言ったのではないか」
「確かに言ったけど、なんで一緒に寝るっていうことに直結するの?」
「うん?違ったのか?」
「……俺の言い方が悪かったかもしれないけどさ…!」

 どいつもこいつも、と頭を抱えられずにはいられない。
 空橋は隣で顔を引きつらせている小狐丸に部屋へ入るよう言った。

「嫌です」

 即答だった。
 苦虫を噛み潰したような顔で、三日月と同じ部屋で寝るくらいなら今すぐ薙刀と対峙するとさえ言い出す始末である。

「なんでだよー……兄弟なんだろ?一緒に寝るくらいいいじゃん」
「よくありません。そもそも私はぬしさまと寝食を共にしたいのであって彼の者のような刀と共にしたくはありません」
「(ヅキさんすごい嫌われようだな…)」

 小狐丸に妥協という言葉は見られない。しかし、空橋も仕方ないから戻って一緒に寝るか、とはならなかった。
 本音を言うと、これを機に仲直りさせようと思っていたのだが、どうもそう簡単にはいかなさそうだ。

「困ったな…」

 半ば、頑固な狐と今日も一緒に寝てやるか、と折れそうになった時だった。

「俺は構わんがな」
「え」

 布団に寝ころんだまま微動だにしなかった三日月が助け舟を出した。
 すでに眠ってしまったと思っていた空橋は驚きつつも安堵した表情で小狐丸を振り返る。

「小狐丸!ほら、ヅキさんいいって!一緒に寝なよ!」
「あにさまが良くても私は良くありません」
「…………」

 そうだ。三日月の許可よりも小狐丸の頑なな態度の方が問題だ。空橋は再び思案に暮れなければならなかった。かと思いきや、寝返りをうってこちらに顔を向けた三日月が笑みを浮かべて言う。

「こうなったら川の字で寝るしかないな。空橋を挟んで寝れば問題ないだろう」
「なるほど……じゃない!」

 名案かと思ったが、そうしいてしまえばこの二人の仲直りは果たせない。空橋が入れば話せることも話せないはずだ。
 しかし、そんな空橋の考えを知らない当人たちはしきりに頷き始める。

「それならば良いでしょう」
「安心しろ。俺はすでに眠い。会話はしないと思うぞ」
「もとより話す内容がありません」
「はっはっはっ。よし、寝るか」
「さ、ぬしさま」
「えっ!ち、ちょっ、待っ…!」

 結局、空橋は小狐丸に布団ごと押し入られ仲良く三人で並んで寝ることとなった。
 本当に三日月と小狐丸の間に会話はなかったのだが。
 
 

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