天下る幻

□二話・小話
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 意外にも、小狐丸は他の刀剣男士たちと早く打ち解けた。
 空橋と会話をするような畏まった話し方はせず、砕けた物言いで喋るのがよかったらしい。太刀を中心にお互い酒を酌み交わしていた。
 一人と一匹を除いて。

「いやはや、小狐丸様、先ほどは大変な失礼をいたしました!これは鳴狐。そしてわたしはお供の狐でございます!」

 目を輝かせる狐と興味津々といった風に小狐丸を見つめる面の打刀。
 小狐丸は彼らが少しの間、自分の後をつけていた者だと気づくと顔をしかめた。

「おぬし……なぜ狐に喋らせておる」
「鳴狐とわたしは一心同体!鳴狐の考えていることは手に取るようにわかるのですよぅ!」
「答えになっとらんぞ」
「それはそうと小狐丸様」

 厄介な奴に絡まれた。そう思いつつ、ちびと酒を飲む。

「箸があまり進んでいないようでございますが…?」

 鳴狐の言う通り、小狐丸の膳はほとんど手付かずのままだった。

「食欲が湧かないのでありましょうか?」
「……そういうわけではない」

 全く手のつけられていない鮭身を見つめ涎をたらす狐から視線を背ければ、向かいの席に三日月とその隣に座る空橋が見える。
 空橋は真剣な表情で鮭の骨と身をわけている。

「(ぬしさまは小骨でも気になるお人か…)」

 主の代理をしているにしては子供らしい一面もあるものだ。
 背筋をのばした美しい姿勢で鮭と向き合う空橋を眺めるのは中々に愉快で、自分の膳の鮭に齧り付く狐とそれを止めようともしない鳴狐のことは放っておいた。
 やがて、すべての身と骨を分け終わったらしい空橋は、満足げな笑みを浮かべて皿を手にとる。そしてそれを三日月の膳に置いた。

「ほら、身ぜんぶとってやったぞ!」
「(あにさまのか…!!!)」

 ピシッとお猪口にヒビが入る。
 すぐ隣で狐がびくりと飛び跳ねた。

「やあ、すまんな」
「気にするな。この前みたいに小骨が喉にささったら大変だからな」
「そんなことがあったか?」
「は、忘れたの?!ヅキさん死にそうになってたじゃん!」
「そうだったか?………うん、全く記憶にないな」
「………そうですか」

 優雅に笑いながら、丁寧に解された赤身を食べる三日月。
 小狐丸は呆れてものも言えなかった。

「ちょっとヅキさん、こぼしてるよ」
「ん?」
「光忠、布巾ちょうだい!」
「はっはっはっ、世話をかけるな」
「光忠!これ布巾じゃなくて雑巾だよ!」
「ん、何やら急に視界が暗く…」
「こんなに雑巾いらないよ!投げないでよ光忠!!」

「…………」

 小狐丸は頭痛がしてくるのを感じた。
 気が付けば自分の鮭は跡形もなくなっており、隣で大の字になって寝ている狐を見てさらに呆れるしかない。

「ずっと見てるね」
「!」

 突然、聞いたことのない声がして驚いて、その声がした方を向く。
 瞬きもせずにこちらを見つめる鳴狐がいた。仮面が微かに動く。

「ずっと空橋様を見てる」
「…………なんじゃ、自分で喋れるのか」
「好きなの?」
「は?」

 瞬きをせずに見つめてくる鳴狐は、答えるまで永遠とそこに座り続けるだろうと思えた。

「……興味があるだけじゃ」

 そう答えると一呼吸置いて、鳴狐は爆睡している狐を抱え上げてどこかへ行ってしまった。

「…………」

 狐につままれるとはこのことか。

「全く……何じゃこの本丸は」
「おっと、うちの悪口ですかな?」
「!!」

 何度目かの溜息をついて酒に口をつけた瞬間、目の前に現れた空橋の笑顔が黒く光った。

「ぬ、ぬしさま!いつから…?!」
「さっき」
「………申し訳ありません」
「まあ、呆れちゃうのもわからんことはないよ」

 そう言って小狐丸のお猪口に酒を注ぎたす。
 新しい酒は桜の香りがした。

「うちは変わり者が多いから…というか変わり者しかいないけど」

 軽く笑う空橋はほんのりと頬を染めていて酔っているようだった。しかし、宴会が始まってから空橋は一滴も酒を飲んでいない。

「ぬしさま、顔が紅いようですが?」
「んん?」

 妙な沈黙。

「ああ、いつものことだよ。酒には滅法弱いんだ。こうして匂いをかいだだけで頭がぼーっとする」
「そんなこと…」
「なくないよ。実際、こうなってる奴がいるからね」
「………そうですね」
「でも意識はしっかりあるから問題ないんだ。それにすぐ治る」

 じゃあ先の間はなんだ、意識が飛びかけていたんじゃないのか、と問いたかったがここは空橋の名誉のために心の内で思うだけにしておいた。

「あ、鮭食べたんだ!どう?美味しかったでしょ!」

 にこにこと機嫌よく微笑む空橋になんとも言えない顔をする小狐丸。
 鮭はつい先刻、別の狐に食べられてしまったばかりだった。

「あれ、口に合わなかった?」

 そう言う空橋は、自分が作ったわけでもないのに悲しそうな顔をしていた。
それほどまでにあの鮭は美味だったのだろうか、と小狐丸は無作法にも酒に齧り付く狐を止めなかったことを少なからず後悔した。

「でも全部食べたんだ。偉いね、小狐丸」
「!」

 空橋の手が伸びてきて小狐丸の頬に触れる。そのまま、よしよしといくらか撫でられた。
 小狐丸は、驚きと微量な羞恥に戸惑い狼狽える。

「ぬ、ぬしさま…」
「あ、よしよしは頭だったか」

 ははは、と笑いながらふらりと立ち上がると、一度だけ小狐丸の頭を軽く叩いておぼつかない足取りのまま自分の席へ戻っていった。
 小狐丸は、ただただ口を開けて呆ける。
 本当に狐につままれた気分だった。

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