土銀にょた小説
□俺の帰る場所
2ページ/17ページ
おいおいおい。
どうなってるんだこれは。
何かの間違いか、間違いだと言ってくれよ。
今日のこいつのこの冷たさはなんだ?
俺のせいか?
2週間ろくに電話もせず放っておいた罰か?
昨日電話で今日は時間が作れるから会おうって言ったら、嬉しそうに楽しみにしてるって言った昨日のあれは嘘だったのか?
なんでお前、そんな死んだ魚みてぇな目ぇしてんだよっ!
ああ、そうだよ。
こいつと出会った頃こいつはこんな目をして街中うろうろしてた。
いけすかねえやつで毎回顔を合わせりゃ喧嘩だ。
そんなやつも、その死んだ魚みたいな瞳に時折魂を宿らせることがある。
そして俺を見てニッと笑った時、背筋がぞくりと戦慄いた。
いつもと違う万事屋。
こいつあんなふざけた格好と面構えさえしてなきゃあ、本当にいい女なんだよ。
喧嘩しながら相手を罵倒しながらも心惹かれて、ついに自分に嘘がつけなくなって告ったのが1年ほど前だ。
喧嘩仲間の俺がこいつの恋人に昇格できたのが1年前。
なのに付き合いはしてるが仕事が何せ忙しい。
揃いの携帯を持っても会えるのも2週間に1度会えたらいい方。
最近じゃあ電話さえろくにできていなかった。
その当てつけかよ・・・。
途方にくれる俺を尻目にソレはいけしゃあしゃあと言ってくれる。
「はっ?あんた確か、昨日俺の仕事邪魔してくれた、あのゴリラストーカーんとこの部下だよな。副長さんだっけ?」
ぽーっとどこを見ているかもわからないような視線を面倒くさそうに俺に投げかけて、っておいお前俺を見てるようで見てんのか本当に?
「昨日は昨日で逆上して切りかかってきたくせに、何わけのわかんねぇこと言ってんの?
俺今日お前と会う約束なんかしてねぇよ。
はっ?揃いの携帯?俺携帯なんかもってねぇもん。
うちの黒電話だけで十分ですぅ。ってわけで今日銀さん仕事でクタクタだからもう帰るね。
早く風呂入ってスッキリしたいし。
腹減って力入んねえ。
お前のくだらねぇ頭迷子に付き合ってる暇ないの。
依頼なら別だけど、依頼でも今日は営業終わったから明日にしてね」
鼻くそホジホジ。
そう言って踵を返すと俺に背を向けたまま手のひらをひらひらさせる。
こいつ・・・、これ、出会った頃によくやったさようならの相図だ。
「テメェなめてんのか。んな軽い挨拶だけで俺が帰すと思うなよ」
ぐっと万事屋の左腕を掴んで返すまいと自分のところに引き寄せようとした瞬間。
「あでででででっ!ひっぱんな馬鹿!」
突如万事屋が腕を押さえて顔をしかめる。
そんなに強い力を入れた覚えはない、演技か何かかと思っていると、万事屋の白い打掛にじんわりと赤いものが滲んでくる。
慌てて手を離すと、確認の意味でもう一度女を捕まえた。
「わりぃ。そんな力入れた覚えはないんだが・・・」
「なくても刺激加えられりゃあまだ血も浮き出るわっ。
昨日できたばっかだからなこの傷」
そう言って傷口を見ようともせずため息をつく。
こいつはこんな傷などで驚きもしない。
今までに付いた数あまたの傷のうちの一つにしか過ぎないのだろう。
だが、俺はその傷が傷口の部分が無性に気になった。
覚えがある。
たった一度だけ、俺はこいつに真剣を抜刀して切りかかり、手傷を負わせた。
そうちょうどあの池田屋事件が解決し、その後近藤さんを侮辱され憤慨し、いけすかねえ白髪のクソ天パに一矢報いようとこいつに喧嘩売った時だ。
まさかと思い打掛をまくり上げ、だらしなく開かれた胸元の服を割って見てみれば、刀傷を負ったその肩から胸にかけて軽く巻かれた包帯の部分から、紅い鮮血が滲み出ていた。
場所が場所なだけに開いた傷口から出た血液は包帯とサラシをじんわりと朱に染めた。
「いきなり何すんだこの馬鹿!」
顔を朱に染めた万事屋に思い切り蹴り飛ばされて我に帰るが。
やはり、忘れるわけがない。
この真新しい傷は俺がつけたものだ。切り口、傷の深さ、全て熟知している。
たった一つ俺が犯した過ちだ。
初めてこいつを抱こうとした時、なかなか風呂から出てこずに黙りこくるこいつに問いかけてみれば、その時初めてこいつは自分の体にある無数の傷跡を意識して、
『俺にこんな体は見せられない』と泣いて去ろうとした。
慣れた今は俺が付けた傷痕は別だと言ってその場所を愛でるかのように撫でたりしていたが。
こいつのコンプレックスである体に付いた傷の一つに俺が加担してしまっている。
それが許せなくてしょうがなかった。
その傷が今目の前にある。
しかもこんな無造作な手当しかされていない。
これじゃあ傷痕が残ってもしょうがないだろうと思えるほどに。