土銀にょた小説
□俺の帰る場所
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どういうことだ?
なにがどうなってるんだ?
俺は、目つきの悪い、もひとつおまけに機嫌まですこぶる悪いときたこの黒ずくめの男を前にただただ困惑していた。
「あのさ?土方くんだよね?ひょっとしなくても土方くんだよね?」
声が震えるのを自分でもどこかで確認しながらおそるおそる目の前にいる男に声をかける。
「はっ?たりめぇだろが。俺が土方以外の誰に見える。っつーかなんだ、お前、あん時の胸糞悪りぃくそ女か」
・・・くそ女。
おいお前・・・。
自分の女にくそ女はねぇだろうがっ!
と一瞬カチンと来るものの、あきらかに様子のおかしい恋人を見遣って逡巡する。
やっぱり何かがおかしい。
昨日久しぶりに夜こいつからもらった携帯が鳴ったんだ。
今日時間が作れるから夜会わないかって、2週間ぶりだぞ?
ろくに電話すらできない状態で、やっと今日会えるって連絡もらって楽しみにしてたのに。
こいつだって楽しみだって言ってたくせに。
一瞬不覚にも涙が滲みそうになる。
こいつとこんな関係になったのはかれこれ1年ほど前からだ。
会えばいつも喧嘩ばかり、そんな俺たちがこんないわゆる恋人という関係になるなんて夢にも思いもしなかった。
こいつと付き合いだして、こいつの知らない色んな所や、自分の知らない自分まで発見できて、会うのが楽しみでしょうがない、会えない日が続くと心が締め付けられそうになるなんて、生まれて初めての感情に歓喜していたというのに。
今目の前にいる恋人は人が変わったかのようだ。
冷たい。
俺を迷惑だと言わんばかりの蔑んだ視線を俺に注ぐんだ。
なんなんだよ一体っ!
いつもだったら、会えば待ち構えていたかのように両腕を広げて、抱きしめてくれたのに。
もうやめろと言っても「まだ充電できてない」とか言って気がすむまで、絞め殺されるかってくらいに抱きしめてくれたのに。
「なあ、土方。今日何か嫌なことあったのか?俺でよかったら話聞くから話してくれよ。
今日会うって約束してたじゃないか」
そういえば、ひとつため息をついて男は口を開いた。
「テメェに話すことなんかねぇよ。ったくそれになんでお前がやたらと俺に噛み付いてくんだ。
テメェと会う約束した覚えはねぇし。
それに俺はな、今勤務中。勤務中のお巡りさんの邪魔すんじゃねえよ。」
「土方お前今日変だ」
そうぼそりと俺が呟くと、途端に男は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「今日何度目だ。みんな口を揃えて今日の俺は変とか言いやがる。俺は何も変わっちゃいねえ。」
そう一息に吐き出すと。
深呼吸してまた俺に声をかける。
「ほら、もう日も暮れてきた。
テメェも一応女だろうが、身の程知らずのどこぞの狼どもが間違っててめえに手ェだすかも知れねえし、とっとと帰りやがれ」
そう言って踵を返すと手をひらひら降ってさようならの相図をする。
これ、出会った頃の土方がよくやった仕草だ。
昨今じゃこんな淡白なさようならなんか絶対こいつはしなかった。
「その狼お前だろうが」
広い背中に投げつける。今精一杯の抵抗だ。
何かがはち切れそうだ俺。
「はっ?」
「だから俺をいつも夜に食ってんのお前だろうがって!土方、お前今日変だぞ?
今日は夜会おうって昨日約束したじゃねえか」
「・・・誰がなんだって?俺がテメェを食うって、お前な、冗談は休み休み言えよ。
間違ってもテメェみてえなあばずれに俺は欲情なんかしねえ。身の程知れよ馬鹿女」
そう言って今度こそ、俺と真反対に踵を返すと、傾きかけた太陽に向かって歩く形で俺から徐々に遠ざかっていく。
影が長い、秋が近づいている。
オレンジ色と紫色の空が混ざる。
逆光に照らされて、シルエットだけになった男の姿が消えて見えなくなるまで俺はそこに佇んでいたと思う。