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□「ZEPHEL」
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「オスカーそっち行った!」

森の中に魔法使いの声が響きます。
木の枝に立って、空中に浮いているオスカーに指示をしているのです。
そんな彼の回りではくるりくるりと回転しながら歯車が浮いていました。

捕まえようとしているのは、歯車の『E』。
しかし、それは物凄い速さで飛び回っています。
魔法使いより運動神経のいいオスカーが何とか捕まえようと手を伸ばしますが、歯車はするりと、その手から逃げてしまいます。

「なにやってんだよー!おめーそれでも悪魔かよっ」
「なら、お前も何とかしろ!…っと!ちっ、逃がしたか」
「…しょーがねーだろーがー!魔法、使えないんだからよ!」

そうなのです。
魔法使いは名前を忘れた時に同時に魔法の力も失ったのです。

「おい」
「んだよ?」
「俺はまどろっこしいのは余り好きじゃないんだ」
「だから?」
「壊したら…許せ」

そう言ったかと思うと、オスカーの手元に赤々と燃える炎を纏った剣が現れました。
オスカーは「炎の悪魔」だったのです。

「ちょっ!オスカー!!」
「ちょこまかと…」

風を切ってオスカーが剣を構えます。

「オスカー!!」
「はっ!」

オスカーの剣から放たれた炎は、歯車の回りをぐるぐると渦を巻いて逃がそうとしません。
オスカーは炎の中に手を入れると歯車をつかみ取りました。

「よし」
「よし、じゃねーだろー!壊れたらどうしてくれんだ!バカっ」
「壊さなかったんだから、いいだろ。ほら」

渡された『E』の歯車は先のが小さく焦げてしまっていました。
魔法使いは差し出された歯車を大切そうに受け取ると、そっと握りしめました。
キラキラと光り輝きながら、歯車は回ります。
他の歯車も同じように光ります。
まるで再会を喜ぶかのように。

「もう、無くさねぇからな…」

一際輝いて『E』の歯車は魔法使いの回りを飛び回ります。
他の歯車もなんだか輝きが増していました。

「よし!どっかの誰かが焦がしちまったけど!」
「なんだ、せっかく、捕まえたのに」

オスカーは嬉しそうな魔法使いの身体をそっと抱き上げました。
音も無く地面に降り立ち、オスカーは魔法使いを降ろします。

「次の歯車の居所は何処だかわかったのか?」

歯車を見つけた後、次の歯車の場所が魔法使いにはわかるのです。

『Z』の歯車は魔法使いの元に。
『E』の歯車は森の池の中。
『P』の歯車は森で1番高い木のてっぺんに。
『H』の歯車は月の中で花開く白い花の花畑で。
『E』の歯車は森の中を飛び回っている所をやっと捕まえたのです。

そして、最後のひとつ。

「えっとな、星がいっぱい見えた」
「星?」
「多分、クリスマスの日の事だと思うんだけどよ」
「何かあるのか?」
「クリスマスってよ、毎年毎年、流れ星がすんげぇ沢山流れんの」
「その中にあるって事か…」
「多分な。それに、何となく次で最後な気がするし…。とりあえず家、帰ろうぜ、オレ腹減った」
「そうだな。何、食べたい?」

魔法使いを優しい瞳でオスカーは見つめます。

「あったかいの!んで辛いのがいい」
「わかったよ」

オスカーは魔法使いの額にキスをして歩き始めます。
魔法使いは額を押さえて真っ赤になってしまいました。

近頃、そうなのです。

オスカーが不意にキスしたり、抱きしめてきたりするのです。
オスカーにしてもらうまでは、そんな事、全然経験のなかった魔法使いはどうしていいのかわからず戸惑います。

それに、オスカーに対する気持ちにも。

オスカーを見ているとドキドキと胸が高鳴るのです。
どうしてかわからず、魔法使いは困ります。

「おい、どうした?」
「何でもねぇーよ!」

先を行くオスカーに追い付くために魔法使いは走り出しました。


それから、何日か後の日の事です。
月明かりの中、自室の柔らかいソファに座って、魔法使いは考えます。

「どうして、オレ…オスカーにあんなに…」

ドキドキするのでしょう。
オスカーと一緒にいると安心します。
出来るならずっと一緒にいたい、と魔法使いは思います。

「あ…」

もし、名前を見つけて取り戻したら、オスカーは魔法使いの願いを叶えてくれるでしょう。

それが、魔法使いの願いです。

でも、その後は?

オスカーはまた指輪の中に戻ってしまうのでしょうか?
そして、また一人になってしまうのでしょうか?

「そんなの……」

嫌だ−−。

ポロリと瞳から何かが零れます。
後から後から流れて止まりません。

それは、涙でした。

回りを飛んでいた歯車達がふわりとどこかに飛んで行くのにも魔法使いは気がつきません。

ただポロポロと流れ続ける涙を拭う事なく魔法使いは、俯いていました。




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