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□掌
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静かな新月の夜。
真夜中に自分の叫び声で飛び起きた。
心臓はうるさいくらいに早鐘を打ち、息は荒く、体中から冷や汗を流していた。
暗い部屋に響くみっともないくらいに鳴るその音を聞きたくなくて、シャツの上からぎゅっと左胸をつかむ。
そうすればなんとなくなく落ち着けるような気がしたから。
「…はぁっ…」
ゼフェルは一度大きく息を吸うと、おもむろに両の掌を見る。

目の前にあるそれがみるみる真っ暗に染まっていきそうでゼフェルはひゅっと息を吸った。

まるで、夢と同じだ。
何もない場所で何もない自分は何もないものに飲み込まれていく。
そして、存在は消えるだけ。
それは「無」

途端、羽織っていたタオルケットを脱ぎすて近くにあったマントを乱暴につかむと、体に巻きつけると窓をあけて、戸惑いもなく飛び降りた。
すたんっと猫の様に着地する。少しだけふらつく足に舌打ちすると、一目散に走り出す。
空にはただ満天の星が瞬いていたがゼフェルにはそれらを見る余裕すらない。

目的地はただひとつ。

普段なら遠いとも思わないその道が今はとても遠く長く感じた。

速く。どうして、こんなに遠いんだろう。
もっと速く。もっと速く走れたらいいのに…!

それでも一度も休むこともなくゼフェルは走り続ける。
止まりたくなかった。止まれなかった。止まってはいけない気がしたから。
走り続けて着いた場所は炎の守護聖の私邸。
いつも、オスカーが抜け出すときと同じように塀をよじ登り庭に降り立つ。そのまま、私室の部屋のベランダの下まで進む。
すると、ベランダに誰かがいるのがわかった。
真夜中だというのにベランダへと出て、柵にもたれ聖地を眺めているその姿。
暗闇でもわかる赤い髪。
彼の強さの象徴「炎のサクリア」がそのまま現れたかのような色。
その姿を見たときたまらず、一言名前をつぶやいた。
「…オスカー…」
小さくつぶやいたはずの言葉。自分の姿はオスカーからは見えていないはずだ。
しかし。
「ゼフェル?」
小さい声だったのにオスカーはゼフェルを見つけた。
「…っ!」
「ゼフェル?いるのか?」
呼ばれて、静かにオスカーがゼフェルの姿を見ることができる場所まで出て行く。
「どうした?玄関から入ってくればいいのに」
「別に…ただ…ちょっと…ここに来たかっただけだ…」
「ゼ…」
「なぁ…そっち行っていいか?」
「…ああ。もちろん」
いつもと違う様子のゼフェル。
「俺が迎えに行こうか?」
「いい。ここから行く」
ゼフェルが指差しのたのはベランダへと伸びている大きな木。
それをするすると身軽に昇るとオスカーの元へとたどり着く。
少しだけベランダより高い木の上にいるゼフェルにオスカーはゆっくりと両腕を伸ばす。
「ゼフェル…おいで」

ゼフェルはたまらずに飛び降りてオスカーへと抱きつく。
いきなり抱きついてきたゼフェルに驚きつつも倒れることなくその腕で包み込む。
オスカーの腕の暖かさにほっと息をついている細いその体は夜の空気のせいで少し冷たい。
「ゼフェル。大丈夫か?」
「おう…」
大丈夫だという割にゼフェルの声は小さくていつもの勢いはない。そのままずるずると二人は一緒に座り込む。
小さく体を震わせて両手でぎゅっとオスカーのシャツを握り締めている。ゼフェルの様子に、オスカーは何も詮索することなく銀の髪を優しく撫でてやりながら、時々背中もさすってやった。
いつもなら恥かしがってそんな事はさせようとはしない。でも、今は抵抗することなくただオスカーの体にしがみついているゼフェル。
そして、しばらくするとゼフェルの肩が小さく跳ね上がってくる。
「っ…う…ぅ…っ」
必死に泣き声をかみ殺そうとしているのがわかる。
自分の前でならその泣き顔さえ見せてほしいとオスカーは静かに思った。
それでもオスカーは何も言わずにゼフェルを抱きしめる。さらに強く握られる手の感触と、シャツをぬらすゼフェルの涙を感じながら。


どのくらいそうしていたのかわからない。
もぞっと腕の中のゼフェルが動き出す。
オスカーはそっと腕の力を抜き、銀の髪へと軽く口付ける。
その感触にぴくりと小さくゼフェルが反応を見せると、軽く背中をなぞりやさしく名前を呼んだ。
「…ん」
おずおずとゼフェルが顔を上げる。オスカーは両手でゼフェルの頬を包むと、額、赤くなってしまった瞼、涙のあとの残る頬と順にやさしくキスをしていく。
「オスカー…」
「落ち着いたか?」
こくりとうなづくゼフェル。
「そうか。ならよかった」
「わるかったな…。いきなりこんな事しちまって」
「いいんだ。それよりも、ゼフェル一体、どうしたんだ?」
びくりとゼフェルの体が震えた。
オスカーはもう一度名前を呼ぼうとして口を開いたのだが、それは急に顔を上げたゼフェルによってさえぎられる。
その顔に浮かぶ寂しげな笑顔にオスカーは絶句する。
「わりぃ…今は言えねぇ」
「…」
「あのさ、俺の中でうまくまとったらおめぇにだけは話すよ。だから…その時は聞いてくれっか?今は…無理みたいだからよ」
「…ああ、もちろん。いつまでも待つさ」
微笑を返せば、腕の中の細い身体の力が抜けていくのがわかる。
「…ごめんな…おれ、」
「…ゼフェル?」
言葉を返さなくなったゼフェルをオスカーは覗き込み、息を吐いた。
「眠ったのか」
安らかに寝息を漏らすゼフェルの体をゆっくりと抱え上げてベッドへと運ぶ。
そっと靴や体に巻いていたマントをはずしてやると、ベッドへと横たえた。
静かに眠るゼフェル。
泣いたせいで少し赤い目の周りを指で軽くなぞると、身じろぎしながらそっとオスカーの掌をつかんだ。
一瞬、起きているのかとも思ったが、目の前のゼフェルはすやすやと眠っている。
その様子に静かに笑う。


何があったのかは聞かない。
ゼフェルが、いつか話してくれると言ってくれたから。
オスカーはそれを待ち続ける。
ゼフェルは強い。
しかし、彼が手にしているその強さは脆くて壊れやすい。
だから、せめて自分は。
ゼフェルが傷つき悲しんで彼の大切なそれが無くならないことを祈ろう。
そして、守っていこうとオスカーは決意した。

もう、涙を見せなくてもいいように。
これからも一緒に、笑いあっていけるように。




fin
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3500ヒットを踏んでくださったもとりん様のリクエストで「少し切ないオスゼ」
でした。
…せっ…切ないってむずかしいですねっ!←オイコラ。しかし、普段の脳みそが春色一色で染まっているお気楽脳みそ人間なもので…切ない雰囲気が出せていればいいのですが。
ゼフェルは強いんだけど、それはまだ確立された強さじゃなくて、支えているのがオスカーっていう感じにしたかったんです…。したかったんです。はい。
でも、とっても楽しく書かせていただきました。
もとりんさん、お待たせいたしましたが受け取ってやってください!
ありがとうございました。


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