短編

□溶けだして滲む
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出来るだけ急いで、水差しを取って、彼女の待つ部屋に戻った。

「…ぁ、はせ、べさん、ありがと…」
「しゃべらなくていい、起き上がれますか?」

背中に手をあてて、少しだけ起こしてやる。
昼間よりも体が少し、熱が下がっているかもしれない。

水と薬を飲ませる。
潤んだ主の顔が水差しを咥え、少しずつ水が飲み下されていく、喉が動く様を見ていると、己の中に眠っている劣情が掻き乱された。

何を考えているんだ。
病に伏せる主と褥を共にするなど、許されるはずがないのに。
では、許されたら?

「主、汗を流しましょう」
「いい、よ…自分で…」
「何をおっしゃるんです。体が御辛いでしょう?俺に任せてください」

俺に気圧される形で、主は渋々頷いた。
真っ赤な顔をさらに、紅潮させて、主は俺に背中を向けた。

彼女は直接戦場で戦っているわけではない。
俺たちが彼女を守っている。
それでも、飛び散る戦火は少しずつ彼女を蝕んでいるのだろう。さらされた背中には、細い傷がいくつもついていた。

ふさがって、かさぶた状になった傷を、指で、そっと撫でる。
主の身体が、少しだけ震えた。

「痛みますか…」
「もう、ふさがってますから…」

濡らした手拭いで、汗ばんだ彼女の背中を拭いていく。
誰かの看病などするのはここに来てから、初めてだった。手当も、食事でさえも、勝手は知っていた。それでも、自分は何かを切り捨てることが、ただ一つの仕事であったから。

「…長谷部さん」
「なんでしょう」
「ううん…なんでもないんです」
「濁さず、おっしゃってください。ここには、俺と主しかいないんですから」
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