短編

□溶けだして滲む
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主が体調を崩した。

俺が裏庭で畑を耕していたら、ふらっと彼女がやって来て、何だか顔が真っ赤だったから休んだ方がいい。と言った瞬間、ふらついて池に落ちそうになった。

傍でお仕えしていることに、少なからず俺は浮かれていたのかもしれない。

結局、彼女の代わりに池に落ちたのは俺で、泥にまみれ濡れ鼠になるまでの一部始終を近くで見ていた光忠が、苦笑いながら送り出してくれたのが先程。

腕に抱えた主は息を荒げていて、とても熱かった。
風邪だと頭では分かっているのに、どうにも心配で仕方がなかった。

もし、彼女が死んでしまうことがあったならば、俺は今度こそ、どうしていいかわからなくなるだろう。

着替えて、寝所に彼女を寝かせ、水桶と手拭いを繰り返し交換した。

「…はせ、べさ」
「主…」

酷くかすれた声だった。

もう、夜も遅く、皆寝静まっている。
きっと喉が乾いているはずだと水差しを取りに、立ち上がろうとしたのを、彼女は制した。

「いか、ないで…」

絞り出すような小さな声だった。
座り直して額に手をあてれば、心地よさそうな顔をする。

どの主とも違う。
こんなに俺が乱されて、こんなにどうしようもなく不安になるのは、後にも先にも彼女のことだけだ。

「あなたは、どうして無理するんです。全部俺たちに任せてしまえば良いんです。あなたの命ならば、俺は何でもしてやれるのに、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」
「…心配、かけたく、なかった…です」
「それが心配になるんだ」
「そう…だね」
「薬を飲んで、体を清めてしまいましょう。すぐに…水差しを取ってきますから」
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