短編

□ゆくゆくは黄昏どき
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「お前は本当に馬鹿ですねぇ…私に付いて来るなど、命知らずにも程があるというものですよ」

焼け落ちて、黒く焦げ落ちた寺を抜け、名無しさんと光秀は、宛てもなくさまよった。

男は、かつて魔王と呼ばれた武士の血を浴びて、どこか心地良さそうに歩を進めていた。

先ほどの言葉は、半歩後ろを歩く従者に対しての言葉である。心地とは裏腹に、他人に対しては幾分かトゲを含む物言いではあったが、付き合いが長いのか、気にした風ではなかった。

「私は、あなたにどこまでもお供したいのです。例え、行きつく先にて、神の業を覆そうとも…」
「神…ですか」

すとんと拍子に落ちたのか、光秀は笑って名無しさんに言葉を返す。

「いると思いますか」
「さぁ…」

先ほどとは、逆転した語り合いに気を悪くした光秀は憎々しげな表情で、振り向いた。
従者は合間を開けたまま、主に向き直る。

「名無しさん」
「はい」
「お前は、ここから勝手になさい。もしもお前が憂いて死んだなら、悲嘆の声が公への手土産になって、いいやも知れませんが」
「では、是非とも。あなたのお傍でわたくし目を」

ぐずぐずに溶けきった、腐臭を放つ肉塊の上に、名無しさんは膝を着くと、頭を光秀に垂れ請うた。

屍の白い海に、この世で最も嘘のない世界で、うそぶく主従が、染みつく血のりに不釣合いな、穏やかな空気をまとう。

小さく溜め息をついた光秀に、これ了解と名無しさんは判断し、彼の傍について歩いた。
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