書物‐弐‐

□可愛い我が子
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早乙女金融の事務所内では、カタカタとキーボードを叩く音やボールペンを紙の上で走らせる音が日常的に響いていた。
そこへその場には場違いなほど軽快な駆け足で階段を駆け上がる足音が事務所に向かっていた。
小さな手が鉄製の扉を慣れた手つきで開ける。


『國春ぅー、ただいまー!』

「オゥ、まきか。おかえり」

「おかえりまきちゃん」

「「おかえり」」

「おかえりー」

『ただいまー…あり、忍ちゃんは?』


まきは小学4年生、血の繋がりはないが早乙女金融社長早乙女國春の一人娘だ。
たった今学校が終わって帰宅したところで、その場にいる全員が迎えてくれた。


「吾代か?アイツなら今集金に行ってるぜ?」

『ふーん……あ、そうだ國春見て見て!今日テストで100点取ったんだ!』

「マジかよ!スゲーなまき!おいオメー等見てみろ、まきが100点取ったってよ!!」

「えっ、マジすか!」

「凄いなまきちゃん!」

「流石、社長のお嬢さんだ」

「ただいま戻りましたー」

『あ!忍ちゃん!』


皆で感心しているところに集金帰りの金髪のチンピラ、吾代忍が帰ってきた。


「遅ぇぞ吾代!どこほっつき歩いてやがった」

「すんません、一人が支払いを渋るもんスからシメてました」

『忍ちゃんおかえり!』

「おーただいま。まきもおかえり」

『ただいまぁ』

「…で、何みんなで騒いでんスか?」

「まきちゃんがテストで100点取ったんだってよ!」

「マジかよ!!」

「吾代には一生かかっても無理だろうな」

「ははっ!それ言えてる!」

「ちょっ、鷲尾さん!俺だってやるときはやる男っスよ!!」

『でも忍ちゃん、九九出来ないでしょ』

「うぐっ!」

「ハハハ!小学生相手にぐうの音のでねぇのかよ」

「そ…そんなことねーよ!」

「じゃー九九出来んのかよ」

「っ……!!」


小卒の吾代は何も言い返せなかった。
悔しくて悔しくて現役の小学生に啖呵を切る始末。
周りは呆れて何も言えなかった。
そんな吾代が可哀想だと思ったまきは一つの提案を出した。


『じゃ、忍ちゃん。明後日算数の小テストあるからその点数で勝負しようよ!』

「あ?小テストだぁ?」

『うん!先生に言ってもらってきてあげる』

「上等だゴルァ!絶っ対ぇ勝ってやるぜ!」

『負けたら一日相手の言いなりね!』

「おうよ!!」


子供にしてはちょっとえげつない事を言うまきと、その挑発に簡単に乗る吾代を横目に鷲尾は早乙女に問いかけた。


「…社長、あの二人止めなくていいんスか?」

「あ?子供の戯れだろ、気にすんな」

「……まきちゃんは良いとして、吾代の奴…あれ本気っスよ」

「心配すんな。うちのまきが負けるなんて100パーありえねぇよ。
もし仮に吾代が勝ちやがったら……そん時は奴をシメるだけさ」

「……吾代の奴喧嘩売る相手間違えたな」

「可哀想にな」

「今のうちに手ぇ合わせとくか」

「そうすっか」


早乙女社長以外の鷲尾・豪田・西村・速水、吾代に向かって合掌。


『…ん?國春、それ何してんの?』

「アァ、これか?吾代に手ぇ合わせてんだとよ」

「「「「南無南無…」」」」

「何勝手に殺してんだコルァァ!!」


吾代の怒りの叫びが事務所内に負け犬の遠吠えよろしく、虚しく響き渡った。
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