書物‐弐‐

□束の間の安らぎ
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朝、目覚ましより先に目を覚ましてしまった。
腕の中の温もりに目をやると彼女のまきが静かな寝息を立てて熟睡している。


「……大人しくしてると可愛いのにな」


警視庁内の掃除を担当しているまきは、いろんな連中ととても仲が良かった。
よくお茶をしながら話をしているのを見かける。
しかし、笛吹だけは合わないらしく…顔を合わせる度に睨み合っては喧嘩をよくしている。
警視相手にまぁ……それを俺と筑紫はいつも止めていた。


「男顔負けの喧嘩なんかしてないで、少しは女の子らしくしろよ」

『…すんませんね、女の子らしくなくて』

「…起きてたのか」

『衛士がブツブツ言ってるので起きた』

「事実だろ」

『少しはオブラートに包んでよ』

「包んだつもりなんだけどな」

『どこがよ……もろ直球だったじゃん』


何かにつけて文句を言ってくる…まさに売り言葉に買い言葉。
だが、それすらこの子の魅力だったりする。
この前なんか、久々にまともな風邪をひいたまきは普段とは別人ではないかというぐらい大人しくしていた。
俺は動揺しすぎて救急車を呼んでしまったし、署内でもまきが休んだ事でパニックになり騒ぎになっていたらしい。
それほどこの子は猫など被らず全くの素で人と接して周りの人間を惹きつける。
俺もまきの飾らない魅力に惹かれた一人だ。


『……衛士』

「ん?」

『なんかニヤニヤしてて顔が気持ち悪いよ』

「気持ち悪いって……そんなに酷い顔してた?」

『うん、大分酷かった』

「ふーん」


俺の腕の中に納まったままのまきを見るといつの間にか眉間に皺を寄せている。
それを伸ばしてやると…余計に皺が寄った。


「皺、寄せるなよ」

『……ヤバい』

「ん?」

『眠くなってきた…』

「じゃ、布団から出ろよ」

『寒いからヤダ』

「…今日出かけるんじゃないのか?」

『ん……出かけるぅ…』

「…………クスッ」


眠気と戦うまきが可笑しくてつい笑ってしまった。
『今日は俺と休みが被るからデートしたい』と言っていた本人はなかなか布団から出ようとしない。
試しに布団を剥いでみると『うひっ!』と短い悲鳴を上げて俺に抱き着いてきた。
…ちょっと苦しい。


『寒い寒い寒い寒い寒い!!』

「ほら起きろ、日が暮れちまうよ」

『ぐぬぬ……』


渋々まきが体を起こして布団から出たのを確認すると、俺はキッチンに立って朝食の準備をする。
洗面所から寒い寒いと呪文のように聞こえるのをBGM代わりに聞き流しながら料理を作っていく。
作り終えた頃にのそのそとまだ眠気が完全に抜け切れてないまきが戻ってきた。


『…冬は嫌いだ』

「暦上はまだ秋だけどな」

『この寒さは完全に冬だよ、冬。俺を殺そうとしてるよ』

「確かに、冬並みに寒いな」


寒さにケチをつけながら飯を口に運ぶ姿はまるでオッサンだな。


『…衛士、今失礼な事考えてたでしょ!』

「…」


今日のまきは冴えてるな、おっかない。俺達は食器を片付けて、家を出た。
寒いから車に乗りたがるだろうと思ったが、そんな事はなくとことこと歩いていく。


「車は良いのか?」

『いいの、今日は衛士と歩きたい気分だから』

「ふーん」


手を差し出してやると、俺より小さい手が握り返してきた。この小さくて暖かい手が愛おしい。


「…まき」

『ん?』

「……やっぱなんでもねぇ」

『えー、なにそれー』

「いつか言ってやるよ」

『…今じゃダメなの?』

「ダメ」

『衛士のケチー』

「ケチで結構」


まだお前には言えねぇよ。

“いつ死ぬか分からない刑事のこんな俺で良ければ結婚してください”

なんて…。でも、絶対に伝えてやるから……指輪が用意出来るまで待っててくれ。
それまで…


「他の男にひょこひょこ付いて行くなよ?」

『えっ、何突然……何の話?』

「俺の独り言だよ」

『独り言言ってるとハゲるよ?』

「ハゲねぇよ、石垣じゃあるまいし」

『あ、さりげなく後輩ディスった』

「別にちょっとくらいディスっても罰は当たらないだろ」

『石垣君カワイソー』

「棒読み」

『バレたか』

「そんな事より、どこ行きたい?」

『んー………映画見に行きたい』

「ん」


たまにしか取れない休暇だから、1秒でもコイツに良い思いをさせてやりたい。
だから俺が出来る範囲で甘えさせてやる。この世で一番愛してるコイツを…。


「まき」

『?』

「好きだよ」



−終−

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