書物‐弐‐

□貴方と一緒に
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紫原はものすごく退屈していた…と言うよりつまらなかった。
今は練習中でそれどころじゃないのだが、やはり気になって仕方がない。
理由は大の仲良しのまきがいないからだ。
いつもなら部活を見学に来ているのだが、今日はいない。


「………敦」

「ん?なーに、室ちん」

「さっきからキョロキョロしてどうした?」

「………なんでもねーし」

「?…………あぁ、そういう事か」

「はぁ?」

「いや、こっちの話だ」

「意味分かんねぇし…」


練習は夜まで続き、結局まきは練習に来なかった。


(まきちんどうしたんだろ…)


内心寂しく思っていると、後ろから何かに衝突された。
下を見ると自分よりかなり小さい手が紫原の体を力一杯抱き締めている。
こんな事をするのはこの学校でたった一人だけだ。


『だーーれだっ!』

「んとねぇ〜、まきちん〜」

『せいかーい!お待たせ敦、遅くなっちゃった!』

「待たせ過ぎだし〜」

『ごめんねー、敦おんぶ!』

「はいはい」

『うほぉー!!』


まきの身長は160cm程度、脚立でも使わない限り見る事の出来ない景色に子供のようにはしゃぐ。


『敦は良いなー、身長デカくてさぁ』

「俺はまきちんの身長の方が羨ましいかな〜。デカ過ぎても不便なだけだし」

『ふーん……でも小さくても不便は不便だよ?
高いとこに手が届かないし』

「台を使えばいいじゃん」

『持ってくんの面倒じゃん』

「…確かに」


近場にあれば楽だろうが、そう簡単にほいそれと台があるわけではないので確かに不便だと思った。
でも2m越えてるのも不便であるのは間違いない。試合の時は便利だけど。


『でしょー?あ、そうだ敦……はい、これあげるっ』

「?何これ」

『限定品のお菓子。敦が前に食べたいって言ってたやつ』

「え、マジ?くれるの?」

『うん!これ探し回ってたら遅くなっちゃった』

「ありがと〜まきちん〜」

『どういたしましてー』


さっきまでの寂しさはどこかに吹っ飛んでしまった。まきが笑うだけで気分が明るくなる。


「練習中すげー寂しかったし〜」

『ごめーん』

「まきちんがいなかったから全然調子が出なかったし〜」

『ごめーん』

「そしたら雅子ちんにすげー怒られたし〜」

『へぇ〜』

「…そこは“ごめーん”じゃないの〜?」

『だって敦が雅子に怒られたのは俺のせいじゃないもーん』

「絶対まきちんのせいだし〜」

『俺のせいじゃないし〜』

まるで子供の言い争いのように言い合っているが、これが紫原にとってなくてはならないものだった。
まきもこれがいつも楽しみだった。


「…ねぇまきちん」

『なーに?』

「………やっぱなんでもないし」

『えー、なんでやめんの?気になるじゃん』

「気にしなくていいし〜」

『気になるぅ』

「気にするなし〜」

『敦のケチー』

「ケチじゃねーし。…………いつか教えてあげる」

『ホントに?』

「……多分」

『えー』


何かの勢いで“好きだよ”と思わず言ってしまいそうだったが、今言うとこの関係が崩れそうな気がしたので思い止まった。


『……ねぇ、敦』

「ん、な〜に?」

『…なんでもなーい、ただ呼んだだけ』

「何それー!」

『はっはー!さっきの仕返しだよ〜ん』

「はぁ?」

『あははは!』

「…へへっ」


仕返しなんてただの口実で、まきも“好き”と口走ってしまいそうだったのを必死に押さえた。
お互いにお互いの気持ちを知っているのに言わない。
本当は言いたい、けど相手の負担にならないか不安だった。


『………』


まきは腕を首回りに回して抱きつく。
紫原はドキッとした。鼓動が早く脈打つ。
理性が途切れそうだったがここで切れてしまうと本当に嫌われかねないので死に物狂いで耐える。
嫌われるのだけは絶対に嫌だった。
でも抱き締めたい…好きだと言って抱き締めてキスをして自分のものにしたい。
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