書物‐弐‐
□私の自慢
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洛山高校の体育館は本日の午後から2日間と半日は補修工事で、使用中止。
その為珍しく洛山バスケ部に2日半の休息が許された。
前もって知らされていた私は練習が終わると電話でこれから会う相手と楽しくお喋りをしながら急いで荷造りを始めていた。
「…レオ姉、荷造りなんかしてどーしたの?」
「お泊まりに行くのよ」
「へー、……どこに?」
「まきのとこ」
「へー……………誰?」
「これだろー?」
小太郎に話をフラれた永吉はニヤニヤいやらしい笑みを浮かべながら小指をたてた。
「………………………………………………は?えぇぇぇぇぇぇ!!!?」
「うるっさいわね!私だって一人の男なのよ。彼女がいたって不思議じゃないでしょ!」
「マジかよレオ姉!!“彼氏”じゃなくて“彼女”なの!!?」
「だからうるさいってば!!」
『玲央ー?どうかしたの?ケンカ?』
「あぁ…なんでもないの、気にしないで。うちの馬鹿が騒がしいだけだから」
電話の相手は彼女のまき。
私が小太郎と口論しているのを気にかけてくれたみたい。
「ちょっと、馬鹿って酷くない?」
「身内は見下して言うものなのよ」
「何それー!ねー永ちゃん、レオ姉酷くない!?」
「まぁ、間違っちゃいねぇけどな」
「永ちゃんまでひでー!!」
「騒がしいぞ小太郎、近所迷惑だ」
「あ、赤司…………………悪ぃ」
小太郎の騒がしい声で征ちゃんが一喝。
寮とはいえ完全な防音ではないし、確かに迷惑ね。私も少し反省。
「ところで玲央、これからまきのところか?」
「えぇ、そうよ」
「えっ、赤司もその子の事知ってんの?」
「あぁ、帝光中で同じクラスだった。
バスケ部の皆とも仲が良かったからよく覚えているよ」
『あ、その声は征だ!征ぃぃぃ!元気ぃー!?』
「征ちゃん、まきが元気か聞いてるわよ」
「かわってくれ…ありがとう。もしもし?」
『もしもしー?久しぶりだね征!元気?』
「あぁ、元気だよ…まきは元気か?」
中学校以来に話をしたみたいで征ちゃんの口元に笑みがこぼれた。
嬉しそうに話してるみたいだし、少し嫉妬しちゃうわね。
『もちのろん!あ、ねぇねぇ聞いて征!さっきね、散歩してたら500円玉拾ったの!』
「そうか、それは良かったな」
「あら、なんの話?」
「まきが500円玉を拾ったそうだ」
「やだ、猫ばばしたの?」
「どうやらそうらしい」
「ふふっ、相変わらずね」
『ねぇ征、玲央まだ荷造り終わらない?早くしないと太陽熱で溶けちゃうよぉ俺ー』
「玲央、まきがまだかと駄々をこね始めたぞ」
「もうすぐで終わるわ。かわって征ちゃん。
……もしもしまき、あんた外じゃなくて家で待ってれば良いじゃない」
『えーもう無理だよ。だって今寮のそばにいるもん』
「………………え?……ちょっ、嘘でしょ!あんた京都まで来たの!?」
「………まきならやりかねないな」
やりかねないって、征ちゃん冷静すぎよ!あっちからこっちまで何時間かかると思ってんの!
……でも征ちゃんの言う通り、あの子ならやりかねない。
「えっ、レオ姉の彼女こっちに来てんの!?」
「へー、こいつは見とかなきゃ損だな」
「ちょっとそこの二人!まきは見せ物じゃないのよ!!」
私の言葉に反応して小太郎と永吉が立ち上がった。
全く、遠慮ってものが無さすぎよ!私はまきと二人っきりで会いたいのにっ!
「玲央、見送りに行ってもいいか?久々にまきに会っておきたいんだ」
「えぇ、征ちゃんならいいわよ。その方があの子も喜ぶでしょうし」
「ちょいタンマ!赤司はOKってズルくない?俺達だっていいじゃんかよー!」
「あーもぅ、うるさいわねぇ。いいわよ、会っても」
「よっしゃー!!」
「ナンパしたら殺すわよ」
「………………………………………しねぇよ」
私は荷物を持って部屋を出た。後ろに征ちゃんと馬鹿二人を引き連れてまきのところに向かう。
……あら?あの子まさか………!
『とけるぅぅーー…………あ、玲央ーー!』
「あんたバイクで来たの!?てっきり電車かと思ったわ」
『んー?
最初は電車にしようかとおもったんだけどー、なんか乗り換えの事考えてたら訳が分からなくなったからバイクできた』
「相変わらずなのね」
「久しぶりだね、まき」
『あ、征!超久しぶりじゃん!』
「元気そうでなによりだよ」
暑そうにTシャツの腕を肩まで捲ってるまきは女の子なのにどこか男らしいとこがある。
私とは少し違うけど、この子らしい。
「すげーー、この子がレオ姉の彼女?」
「そうよ」
「ほぅ、結構べっぴんさんじゃねーか」
「発言がオヤジ臭いわよ」
「はじめまして、レオ姉の彼女さん!俺は…」
『知ってる。葉山小太郎と根武谷永吉でしょ?“無冠の五将”のうちの二人』
「え、俺達の事知ってんだ!」
「なかなかやるな嬢ちゃん」
『どうだ、まいったか!』
会ったばかりなのにすぐ仲良くなるなんて……ほんと凄いわね。
洛山に入学が決まった時はまきを一人置いていって大丈夫か不安だったけど、向こうの高校でもかなり友達がいるみたいだし、こうして初対面の小太郎達ともすぐ会話が出来るんだもの。
無駄な心配だったわね。
だから好きになったのかもしれない。
好き嫌いがハッキリしているけど、相手が悪い人じゃなきゃすぐに仲良くなる、そんなまきの性格に自然と惹かれたのかもしれないわね。
世間一般から見れば私は変な人間に見えるかもしれない。
けど、この子は差別なんてしなかった。ちゃんと受け入れてくれた。
「まき……」
『?……玲央、どしたの?』
「レオ姉……………白昼堂々と………」
「今日は大胆だな、実渕の奴」
私は自然とまきを抱き締めていた。
昔の事を思い出したら急に抱き締めたくなったの。
この子の温もりを確かめずにはいられなかった。
「私を好きになってくれてありがとう、まき」
『ふふっ、どういたしまして』
「……さ、行きましょ!」
『うん!』
まきが抱き締め返してくれたらなんだか瞼が熱くなってきた。
誤魔化すように出発を促して、まきはエンジンをかける。
『はい玲央、メット』
「ありがとう……って、あんたその腕の痣どうしたの!」
『?…………げっ、何これ!』
「やだ、気づいてなかったの!?もー、気を付けてよねー。女の子がそんな見えるとこに痣作るなんて」
『ごめーん。…いつ作ったんだろう…………あ、あん時だ!!』
「あん時?」
『日曜大工してる時だ』
「に…日曜大工??」
余程珍しかったのか、小太郎が目を丸くしてまきの言葉を言い返した。
『うん、俺の趣味日曜大工なの。玲央の部屋にあるタンスと机とベッドね、俺が作ったんだよ、凄くない?』
「うそ、あれ全部!!?」
「マジかよ……」
「流石は大工の跡取り娘。
僕も机をプレゼントしてもらったが、あれは実に使い心地が良い、ありがとうまき」
『どういたしまして!』
「大工の跡取り!?」
小太郎の発言で話がかなりずれそうだったから私はすかさず話を元に戻す。
「で、日曜大工のいつに痣作ったのよ?」
『んとね、親戚の子の机を作ってる時。
釘打ってる時に鼻がムズムズし始めてさ、くしゃみしながら金槌ふったらやらかした』
「…………………………はぁ………」
「まき、あまり玲央に心配かけるな。それと作業をしている時は気を付けろ。
あまり体を傷だらけにするなよ」
『はーい』
「帰ったら湿布貼りましょうね」
『うん』
「……つかレオ姉。荷物さ、小さいカバン1つで平気なの?」
「大丈夫よ。まきの家に着替えはあるから」
「マジで!?」
『俺ね、マンション一人暮らししてるから部屋余ってんの』
「へぇー!」
「じゃあね、征ちゃん」
「あぁ、道中気をつけて。まきも無茶な運転はするなよ」
『大丈夫!玲央を乗せてる時は安全運転してるか「普段もな」…………ハーイ』
征ちゃんはまるで父親のようにまきに言い聞かせる。
まきも、素直に返事をする。
あーだこーだ話していたら1時間弱は経っていた。
私はまきの体に腕をしっかりと回す。それを合図にバイクは発進した。
「……あの子の乗ってたATのバイク、すげーかっこよかったな!」
「あの車体の色、玲央をイメージしてカスタマイズしたらしい」
「え、赤司それマジなの?」
「あぁ、本人が昔自慢げに話していた」
「大分惚れ込んでるみてぇだな」
「なんか、レオ姉より男らしい気がする」
「玲央もそんな事を言っていたな。まぁ、大工の家系に産まれたのもあるかもしれないが」
そんな会話がされてるとも知らず、私達は風を感じながら東京へ向かった。
途中定期的にサービスエリアによりお茶をする。
まきはご当地限定とやらのアイスを一口食べると『ふまいっ!』と言ってにまにま笑う。
他のサービスエリアでも違う味に『まじか!』とか『やばっ、ちょーうまい!』とか良いながらコロコロ表情を変える。
この子の百面相は見てて飽きないわね。
『んーー!!※☆*@#△Ж♪!!』
「何言ってるか分かんないわよ」
『このはちみつソフトすっごく美味しいっ!!
玲央も食べてみて!』
興奮気味にスプーンでソフトをすくって私の口元に持ってくる。
好意に甘えて一口頂く。
…………ほんとに美味しい!
「はちみつの甘さがまろやかで美味しいわね!」
『でしょ!?』
二人きりの小さな女子会は数分でおしまい。
家までの残りの距離を走りきると着いた頃にはもう夜になりかけていた。
『やっと着いたー!お風呂沸かしてくるぅ』
「ありがと、まき。運転で疲れてるのに」
『んーん、いいの。玲央だって長旅で疲れたでしょ?
キウイ食べよキウイ!昨日玲央の為に買っといたんだー』
『あらありがとう、頂くわ』
さっきの疲れはどこへやら。
あの子の笑顔を見てると疲れなんてすぐ吹っ飛んじゃうわね。
お風呂も夕飯も済ましたら思いっきり甘えさせてやりましょ。
寂しい思いをさせちゃってたものね。
−終−