Book

□宝石はバスタブに隠して
1ページ/4ページ

誘惑の森でやっとねじ伏せた仔猫は、泥を落とせば思っていたより遥かに美しい毛並みだった。




「離してよっこの変態……ッ!!ゴホッ!ゲホゲホッ!!」
「暴れるからだろ。風呂ってのはもっとのんびり浸かるもんだぜ」


汗と泥に塗れた衣服を強引に剥ぎ取られ、連れて行かれたのが牢屋ではなく風呂場だったことは一瞬ナミの思考を停止させた。ただののんびり入浴タイムな筈がないのだからもう少し身構えておかなければならなかったのに、放り込まれたバスタブは将星仕様、普通に浸かっていても溺死するように出来ている。


「……あァ、悪かったな。お前にゃちょっとデカ過ぎたか」


水に濡れてぺしゃんこになってしまった仔猫をつまみ上げるような気安さで、クラッカーはナミを引き上げた。口から流れ込んできた大量の湯をげほげほと吐き戻し、肩で息をするナミをひょいと抱え直して、自分の身体の上に乗せるような格好で件のバスタブの中に座る。底上げされた分今度は丁度良い湯丈となったが、溺死の心配はなくなったのだとしても当座の問題はそこではない。


「なに、してるのっ」
「見りゃ分かるだろ、洗ってやってるんだ」


さっきまで掌を軽快に打ち鳴らして兵士を量産し、あるいは剣を振り回しいたぶり殺そうとしていたその手で、もこもことシャンプーが泡立っていく。髪は女の命と言うが、長い髪に手櫛を通されるとそれこそ魂の首根っこを押さえつけられたようで、どうしても身体が硬直する。手先は器用なようだが、落ちる泡が無数の傷に染みて、ナミは痛みに小さく呻いた。大家族の十男ならばおそらく小さな弟妹の髪を洗ってやる機会もあったのだろうが、そんなことはナミのあずかり知るところではない。




「……目的は、」


ナミは唇をきゅっと噛み、上擦りそうな声をなんとか冷静に保った。
勝負に負けた身である。ルフィと引き離され、敵方の浴室で身体を磨かれているのが、男の温情でないことくらいは承知している。


「あんたが、ルフィの命と引き換えに、とか言い出すのなら、私は」
「勘違いするなよ、女」


吊り気味の目と唇をより上方に歪ませて、クラッカーは仔猫の健気な覚悟を踏みにじるように笑った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ