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□姉の襲来
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ーイチジの場合ー


「ねぇ、私のレイドスーツ見なかっーーあ」


太腿の刺青も艶やかに、軽い足取りで遠慮の欠片もなく開けた扉の向こう、レイジュは久方ぶりに弟の素顔を見た。
とはいえ弟は四つ子で、皆大差ない顔立ちなのだから、特段の感動もなかったけれど。それよりも、驚いたのは弟以外に人がいたからで。
億劫そうにこちらに首だけ向けた弟の、奇妙な跳ね方をした前髪はぱちぱちと音を立て爆ぜそうな燃える赤なのに、隙間から覗く瞳は凍てついた冬の湖の静けさで、ほんの少し気圧されたレイジュはそっと扉を閉じた。




「ちょっ、な、なななな」
「心配するな、お前の身体は角度的に見えていない」
「っていうか誰よあの人!?」
「姉だ」


押し倒している方は至極冷静でも、押し倒されている方はたまったものじゃない。ベッドに重なり衣服も乱れていては、何をしようとしていたかは一目瞭然だろう。そこに突如現れた闖入者はシャツこそ羽織っていたが、太腿も露わな下着姿で、さては浮気か二股かと修羅場を想定するのは当然だ。
男の下からなんとか抜け出そうともがきながら、ナミはふと思い出す。一瞬見えたピンクの前髪から覗いていた、見事な渦巻き。姉だというのは嘘ではなさそうだ。


「……あんたのお姉さんは、いつもあんな格好でうろついてるの?」
「あれも王家の人間だ、その辺は弁えている。今日は父もいないから気を抜いていたんだろう」


それはイチジも同じこと。今日は父と弟たちは出払っている。
可愛い仔猫を連れ込んで、悪戯するにはもってこい。


「もぉっ……、またお姉さんが入って来たらどうすんのよぉ……」


いっこうに悪戯をやめる気配のない指先に翻弄される涙目のナミを見下ろして、イチジは口元を緩めた。家族にも見せたことのないほど、やわらかに。


「……その時は、さすがにおれも冷静ではいられないだろうな」


こんなにとろけた仔猫は、誰の目にも触れさせたくない。


(ーーだから、さっさと去れ)


唇を引き締めて、矢のような殺気を一点に放つ。それは堅く閉ざされた扉をすり抜けて、にまにまと微笑むレイジュに刺さった。


「……あらやだ、バレてたわ」


残念そうに肩をすくめた姉がやっと自室の前からいなくなったのが分かると、イチジは震えるオレンジの毛並みに口づけして、首元の赤いタイを引き抜いた。
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