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□ファイアオパールの恋人
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常世の闇はひたひたと辺りを満たして、革靴の足音も吸い取ってしまう。
絵画の中にしかないような、月映えの寂れた塔を見上げて、男は鋭い眼を細めて笑った。深く帽子を被り直して、胸元から手袋を取り出し、嵌める。
古びた門がぎぎぃ、と耳障りな音を立て、久方振りの来客を告げる。


「ーーやっと見つけた、ナミ」


相変わらず感情を読ませない声音は、むせ返るような花の匂いを掻き分けて、静寂に包まれた部屋全体にじんわりと浸透する。数回瞬きする間に、朧げに男以外の気配が生まれていく。


「……あら、生きてたの」


塗り込められた晦冥の奥で、血をたっぷり吸った宝石がぼうと浮かび上がる。次いで陶器人形のような白い肌が、夕焼けの色をした髪が、濡れた黒曜石の輝きを放つ角が、露出甚だしい漆黒のドレスが現れる。ぱちぱちと長い睫毛を揺らし、最後にやっと開いた瞼に隠れていた虹彩は琥珀の煌めきで、ようやくローの姿を認めた。


「約束したろう。次に会った時は誕生日を祝うと」
「そうだったかしら?大体、何百年も生きるのに誕生日なんて意味がある?らしくなく人間みたいなこと言うのね」
「らしくないのはお前の方だ。こんな辛気臭い所に一人だなんて、似合わねェ」


人間離れした美しさを貼り付けた顔が、呆れを含んで子供のように崩れる。男は笑みを返してゆっくりと近付く。手の届く距離に赤い宝石が揺らめいている。


「その鉄籠みてェなスカートじゃ飛ぶのも一苦労だろうな」
「ドラゴンの髭で作ったクリノリンスタイルよ。高かったんだからね、壊したら弁償してよね」


当然のように差し出された黒手袋の上に、これまた何の躊躇いもなくなめらかな白魚の手が重ねられる。


「今夜のディナーはどうする?極上の血でも魂でも、何でも好きなものを用意してやる」
「私が決めるの?エスコートして頂けるのではなくて?」
「数百年ぶりに再会した記念だ、姫君の望み通りに」


お姫様はにやにやしたいところをぐっとこらえて、妖艶な微笑を口元に浮かべた。


「仕方ないわね……じゃあ、」




夜深の闇にはいっそう強く花が香るだけで、抱き合う二人を咎める者はいない。




ーー首元を彩る宝石があんたの誕生月の石だなんて、何かの偶然なんだから。





2017年ロー生誕記念
ファイアオパールの恋人
(数百年分のキスを頂戴)




END
 

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